2021.02.25 Thu
桜山社代表・江草三四朗さんが選ぶ5冊の本┃故郷への想いを重ねてページをめくる「名古屋を再発見する本」
人生で特別な5冊を紹介してもらう連載企画「5冊の本」。
今回お話を伺ったのは、名古屋の出版社・桜山社の江草三四朗さん。企画、編集、営業すべてを一人でこなす小さな出版社の代表として、これまでにさまざまな本を刊行してきました。
桜山社から出版される本に共通するのは、「地元・名古屋にゆかりがある」「真摯に生きる人を著者に」ということ。地元、名古屋への想いが詰まった本を編み続ける江草さんに、今回は「名古屋」をテーマに5冊の本を選んでいただきました。
出版社を運営し、本と親密な関係を築いている江草さん。情報収集のために、話題の本から知る人ぞ知る本まで、心にかなう本はジャンルを問わず手に取るそうです。加えて、地元・名古屋の本となると一層熱心に探究し、知見を広げていると話してくれました。
そんな、江草さんが選んだ5冊の本。“故郷”への想いを寄せた名著が集まりました。
この記事のライター/水野史恵(エディマート) エディマートに所属し、編集や執筆の業務を担当。情報誌や観光ガイドブック、新聞記事などを制作している。生まれも育ちも愛知県。仕事では、名古屋を中心とした地元の魅力を発信できる記事づくりを心がけている。 |
目次
1.忘れてはならない戦争の記録を残した切り絵絵本
江草さんは「せっかくなので、名古屋の出版社さんの本を選びました」と説明し、セレクトした5冊の本を紹介してくれました。
全国には4000社以上の大小さまざまな出版社がありますが、名古屋市に本社を置く出版社は約100社ほど。その約100社の中にはフリーペーパーや求人情報誌のみを扱う会社もあるため、小説やエッセイなどの書籍の出版社の数は、実質数えられる程度しかありません。
名古屋の出版社は数こそ少ないですが、地域に密着した情報をまとめた本や、歴史や事象を掘り下げた本など、地方ならではの独自性のあるユニークな書籍を多数出版しています。その中から作り手の想いが詰まった心に響く5冊を、江草さんが厳選。
『よこいしょういちさん(ゆいぽおと/かめやまえいこ)』
――はずかしながら、生きながらえて帰ってまいりました。
皆さんはこの言葉をご存じでしょうか。戦争が終わり、日本に帰国した横井庄一さんが発した言葉です。
『よこいしょういちさん(ゆいぽおと/かめやまえいこ)』は、日本の敗戦後、27年もの間グアム島で密かに暮らしていた、横井庄一さんの生涯を切り絵絵本としてまとめた一冊。この本はもともと、著者であるかめやまさんが自費出版で制作されていたそうですが、その後、『ネクパブPODアワード2019』の最優秀賞を受賞したことで認知度が上がり、より多くの人に読んでもらえるようになったそうです。
著者は小学生向けの読み聞かせボランティアを通じて、「戦争と平和」について子どもたちと一緒に考える活動をしています。そんな著者が本書を出版するきっかけは、名古屋市にある横井庄一記念館を訪れて、横井さんの過酷な体験を知って衝撃を受けたこと。
「二度と同じ過ちを繰り返さないために、戦争について多くの人に知ってもらいたい」という思いから『よこいしょういちさん(ゆいぽおと/かめやまえいこ)』はつくられました。
制作が決まると、著者はまず横井さんの生涯について調べました。その後、実際に横井さんの妻・美保子夫人に横井さんの人柄やご夫妻のエピソードをたずねて、より内容を深めていったそうです。
横井さんの生涯と真摯に向き合った結果、絵本が出版されると、美保子夫人はとびっきり喜んでくれたそうです。
「私も横井庄一記念館を訪問し、実際に美保子夫人から話を伺いました。戦時中やその後27年間密林に潜伏していた話を聞いて、それまで遠い存在だった“戦争”がありありと目に浮かぶような気持ちに。しかし、当時を知らない私には戦争を語ることはできません。この本からは横井庄一さんの生き様と、リアルな戦争の姿を感じられると思います」。
「あなたは、ねずみを食べたことがありますか?」というセンセーショナルな問いから、物語は始まります。これは戦時中に食べ物がまったくなかった横井さんが、ねずみやカエルを食べて飢えを凌いでいたというエピソードに起因するそうです。
「とくに印象的だったのが、終戦後、日本に戻ってきてから横井さんが亡くなる少し前に語ったというエピソード。『自分はグアム島のカエルやネズミ、でんでん虫の命を奪って生きながらえることができたのだから、彼らの慰霊碑を建ててやりたい』と横井さんは望んだそうです。そして実際に石碑はつくられて今も横井さんの墓碑の隣に建っているんです」。江草さんはそんな横井さんの慈悲深い想いに心を寄せ、尊ぶように話してくれました。
「全編を読んだあとに、この慰霊碑のページを読んでもらうと、より胸を打たれるものがあると思います」。無骨な切り絵と、決して多くはない文字数で表された戦争の恐怖や苦しみ。そして終戦後に横井さんが感じた希望を、『よこいしょういちさん(ゆいぽおと/かめやまえいこ)』から感じることができるはずです。
¥1,650
発行/ゆいぽおと
著者/亀山永子
2.名古屋の昔と今がつながる作品
続いて江草さんが紹介してくれたのは、名古屋の街やシンボルの歩みを記録した書籍たち。当時を懐かしむのはもちろん、今の名古屋を知る人にとっては、新鮮に感じられるかもしれません。
『名古屋テレビ塔クロニクル(人間社)』は66年前に開業し、昨年リニューアルオープンした名古屋テレビ塔の歴史を振り返った一冊です。
『名古屋テレビ塔クロニクル(人間社)』
名古屋の戦災復興のシンボルとして、1953年から建設が始まり、翌年に完成した日本初の集約電波塔である名古屋テレビ塔。本書は約430枚にも及ぶ記録写真とともに、名古屋テレビ塔の成り立ちから現在までを記しています。
「幼少期、親と一緒にテレビ塔を訪れた思い出を今でも覚えています。子どものころは外の階段を登るのが怖かったですね(笑)。当時からテレビ塔は、私が生きてきた名古屋をずっと見守ってくれていました。その姿をしっかりと覚えておきたいと思い、この本を選びました」と江草さん。
本の中でも名古屋ゆかりの著名人が、名古屋テレビ塔にまつわる思い出やコメントを寄せています。スタジオジブリプロデューサーの鈴木敏夫さんが“名古屋の古いものの一つである、テレビ塔を大事にすべきだ”と語っていたり、映画監督の堤幸彦さんや女優の竹下景子さんなども同様に思いをつづったりしています。
江草さんにとって印象的だったのが、「終戦直後に始まった建設工事。着工からわずか9か月で竣工した変遷が詳細に描かれている点」だったそうです。
名古屋の戦後復興のシンボルとして、1954年に久屋大通の中央に建設された名古屋テレビ塔。幻だった手描き図面の一部を掲載するほか、完成に至るまでの工程を写真や図から読み解くことができます。また、古い建物の保存・活用に関わっている建築史家の村瀬良太さんら多くの専門家によって、建築の歴史や文化的価値についても語られているそうです。
「テレビ塔が一般公開され始めた当時の写真を見ると、栄の街には何もなかったんだなと本当に驚きましたね。それから今に至るまで、テレビ塔を中心に、栄が盛り上がっていく様子の移り変わりを見るのも面白いと思います」と江草さん。
「昨年のリニューアルで新しい歴史が始まる姿に喜びを感じつつも、『当時の姿を忘れたくない』。そんな思いが強くなりました。普段何気なくテレビ塔を見ている人も多いと思いますが、ぜひこの本を読んで、名古屋のシンボルの歴史を心に刻んでほしいです」と続けました。
¥2,200
発行/人間社
そして次に紹介してくれたの本も、名古屋の街の移り変わりを記録した一冊でした。
『占領期の名古屋(風媒社)』
130年以上の歴史を持つ名古屋のういろうの老舗「青柳総本家」。その倉庫で500枚を超えるネガフィルムが発見されました。
ネガフィルムの中身は、1945年10月からおよそ1年にわたって、青柳総本家・四代目の社長であり写真家でもある後藤敬一郎さんや、名古屋市渉外課の嘱託のカメラマンによって撮影された名古屋の街の様子でした。
名古屋全域の戦後すぐの写真が一挙に発見されるのは珍しく、それを後世に伝えるために刊行されたのが、『占領期の名古屋(風媒社)』。
米軍の名古屋港上陸に始まり、これまでほとんど紹介されなかった占領軍の様子や動きは、本書を通じて初めて明らかになった部分も多いそうです。「戦時下の資料として本当に貴重な内容だと思います。空襲で石垣だけになった名古屋城など、少し驚くような写真もありましたね」と江草さんは話します。
私が本書を拝読して一番驚いたのは、占領された過去を生々しく感じさせる、掲げられた英語の看板の数々。実はこの取材をするまで、名古屋に米占領軍が進駐していたことを知らなかったこともあり、今の名古屋の街からは想像できない世界に圧倒されました。
収録されている写真の中には、戦災前の街をとらえた希少価値のある資料も。
「大須宝塚劇場、港座といった今は亡き文化施設を初めて見られたり、焼け野原状態の大須や栄と今を見比べたりすると、感慨深いものがあるのではないでしょうか」と話す江草さん。
さらに本の後半部分では、名古屋だけでなく、豊橋や岡崎、瀬戸や犬山など、愛知県各所の当時の様子を写したフィルムも収録されています。
「この本は自分一人で読むのもいいと思いますが、家族で読み継ぐのに相応しい一冊であると思います。当時を知る方が周りにいたら、一緒に読んでその方の記憶を共有する。そうすることで歴史を語り継いでいけますよね」。
私たちの故郷の歴史を記した一冊を通じて、名古屋のこれからについて語らう時間が生まれるきっかけになるのではないでしょうか。
¥1,760
発行/風媒社
3.学生時代の夢がよみがえる一冊
「小学生のころの夢が教師になることでした」。
取材の中で、江草さんは自らの過去を振り返りました。「教師を夢見た記憶があるからこそ、強く心に残っている作品」と紹介したのが、『女子高校の四季 ある教師の四十一年(風媒社/山田晴彦)』でした。
『女子高校の四季 ある教師の四十一年(風媒社/山田晴彦)』
41年間女子高校で教鞭をとった男性教師の体験を記した本書。名古屋の学校で過ごした教師生活の中で感じた生徒の成長や、自身との関わりの一端を収録しています。
出版元である風媒社は、社会・ノンフィクションから短歌まで幅広いジャンルの本を刊行する出版社。最近は、地元・名古屋を題材にしたガイドブックや、本書のような名古屋にゆかりのある著者が執筆したエッセイ集も多数発行しています。
「学生のころは教師を目指していた過去も。この本は地元が舞台の教師視点のエッセイ集ということで、興味を持ち読み進めました。女子高で男子教員が指導することや、生徒を叱ることの難しさ。そういった問題にまじめに取り組む筆者のひたむきさに、読んでいて惹かれました」と語る江草さん。本書でつづられる経験談は興味深いものばかりだったとか。
「入学式からオリエンテーションがあって、授業、夏休み、試験、文化祭、体育祭、修学旅行、卒業式…。さらにクラスメイトや教師との関係。生徒にとって3年間は思い出深い充実したもの。一方で『教師の目線だと本当にあっという間なんだな』と、この本を読んで感じましたね。刹那的に過ぎる生徒との時間の中で、大切なことをいかに伝えるか。そんな苦労も読み取れました」。
「私は男子校出身なのですが、異性の先生は日々の仕事や私たち生徒とのコミュニケーションの取り方に苦労しているように見えました。だから、この著者も苦労されたのかと思っていたのですが、行事を通じて心が通い合う様子など、本当にハートフルな学校生活が描かれていて。これが男子校と女子校の差か、と(笑)。そんなことを思いつつ、『自分が教師になっていたら、著者のような先生になりたかったな』と思えるエピソードがこの本に詰まっていました」。
本を読む上で、“疑似体験”を楽しみにしている人も多いのではないでしょうか。自分がしたいことや、やりたいけどできないことを追体験できるのが、読書の魅力の一つといってもいいでしょう。現在は出版社を経営する江草さんも、本書を通じて小学生のころの夢であった教師という職業を疑似体験して楽しんでいたのかもしれません。
「生徒と真剣に向き合う著者の思いが、言葉の端々が伝わって、読んでいて幸せになれる本だと思います。疲れたとき、ほっと一息つきたいときに、ぜひ読んでもらいたい一冊ですね」。
¥1,320
発行/風媒社
著者/山田晴彦
4.あたたかな喫茶店の“リアル”が伝わる
最後に紹介してくれたのは、地元・名古屋の喫茶店を集めた『名古屋の喫茶店完全版(リベラル社/大竹敏之)』。どうやら単なるガイド本ではない、ある特徴があるのだそうです。
『名古屋の喫茶店完全版(リベラル社/大竹敏之)』
2010年に出版された『名古屋の喫茶店』と2014年出版の『続・名古屋の喫茶店』を合本し、情報のアップデートと新規取材店20数軒を加えた改訂版。 長年愛される老舗やこだわりの自家焙煎の店など、100件もの喫茶店を紹介しています。
総務省・経済産業省「平成28年経済センサス-活動調査」、総務省統計局「家計調査通信第520号(2017年発行)」のデータによると、名古屋市内には約4000軒の喫茶店があり、市民の年間の喫茶店支出額は約1万3000円と全国平均の2.5倍。人口当たりの喫茶店の数も多いことから、喫茶店を利用する習慣が定着していることがわかります。加えてモーニングやピーナッツやお菓子のサービスといった、独自の文化も根付いています。
「著者の大竹さんは名古屋で長く活躍されているライターさん。そんな名古屋に精通した方が厳選した魅力的な店ばかり掲載されています。店の紹介で注目なのが、置いている新聞や雑誌の情報。週刊誌やスポーツ新聞の種類が掲載されていて、まさに痒い所に手が届く内容です」。
さらに続けて、本書の良さを語る江草さん。
「ガイド本として十分過ぎる情報はもちろん、何よりの魅力は“店の顔が見えること”。普通のガイド本なら店や商品の紹介がメインだけど、この本は人にスポットが当てられていて、マスターの表情が文章から伝わってくるんです。『きっとあたたかい場所なんだろうな』とか愛される理由を知ることができます」。
実際に『名古屋の喫茶店完全版(リベラル社/大竹敏之)』で得た情報をもとに、近所の喫茶店に出向き、今では週に何度も通う常連になったのだとか。
「著者の喫茶店にかける熱量が伝わってくるんです」。そう江草さんが言うように、読者に『来てよかった』と思ってもらえるよう、著者は店の選定には妥協せず取り組んでいます。著者の熱意のおかげか、普段は取材NGの店も掲載されているそうです。
そして著者は、自分の好きな店を絶やさないために、自分がお客さんとして通い続けることをポリシーに掲げています。そんな思いが読者である江草さんにきちんと届いていました。
「名古屋って魅力がたくさんあるのに、宣伝下手というのか、なかなか他の地域の方に伝わらない。だからこそ、こういった名古屋の良さを伝えてくれる本が出てくれるのはありがたいし、自分で手がけた本でも名古屋の魅力を発信し続けたいですね」。
皆さんもぜひ本書を読んでお気に入りの店を見つけて、名古屋の喫茶店文化を堪能してくださいね。
5.終わりに
普段は名古屋のひとり出版社「桜山社」の経営者として、書籍の企画から執筆、出版までを手がけている江草さん。本づくりにおいて大切にしていることを聞くと、こんな答えが返ってきました。
- その人の心根や個性があふれんばかりにたっぷりと詰まり、読者の心にぽっとひとすじの灯りがともるような本
- わくわくして笑顔が自然にこぼれるような本
- 宝物のように手元に置いて、繰り返し読みたくなる本
江草さんはそんな愛情がたっぷり詰まった本を、これまでに何冊も出版してきました。今回紹介してくれた5冊の本も、江草さんが普段大切にしていることが詰まった本であることは、間違いないはずです。
名古屋に縁のある方は、本をめくりながら過去の思い出と重ね合わせる素敵な時間に。そうでない方にとっては、今回の5冊との出合いが名古屋の魅力を知るきっかけになるでしょう。そして、本を手にとったすべての方に、私たちの故郷を好きになってもらえたら何よりです。
写真=山本 章貴
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