2022.04.12 Tue
BookGalleryトムの庭・月岡弘実さんが選ぶ5冊の本┃時を超えて読み継がれる「世代を問わず楽しむ海外絵本」
人生で特別な5冊を紹介してもらう連載企画「5冊の本」。
今回お話を伺うのは、名古屋市にあるBookGalleryトムの庭の店主・月岡弘実さん。
海外の絵本と児童文学を中心に取り扱う書店・BookGalleryトムの庭。書籍に囲まれたこの店で、月岡さんは27年以上にわたり店主を務めています。
ある本との出合いをきっかけに、児童文学と絵本に心を奪われた月岡さん。本に携わる仕事がしたいと、もともとは出版社に勤めていたそうです。そこから一転、自分の書店を開きたいと考えるように。そのきっかけもまた、ある海外の絵本だったと言います。
絵本とともに、長い年月を歩んだ月岡さんは、「年齢や性別を問わず楽しめるのが絵本であり、それぞれの年齢で感じ方が異なることもまた魅力ではないでしょうか」と話します。
そこで今回は「世代を問わず楽しむ海外絵本」をテーマとし、5冊の本を選んでもらいました。
月岡さんの人生を導いたと言っても過言ではない海外絵本。知れば知るほど奥深い、その魅力に迫ります。
名古屋・一社にある書店「BookGallery トムの庭」の店主。豊富な知識と経験から選書をし、また講座を実施するなど、海外の児童文学・絵本に造詣が深いことで知られる。(Instagram)
この記事のライター/水野史恵(エディマート) ディレクターとして編集や執筆の業務を担当。主に新聞記事や情報誌などを制作している。小さいころから絵本が好きで、大人になった今も気になった絵本を買い集めている。 |
目次
1.美しく豊かな日本語が心に響く
BookGalleryトムの庭の店内の壁一面に並ぶ、色とりどりの絵本たち。そのほとんどは海外のもので、すべて月岡さんが選書しています。
「海外絵本の魅力のひとつが翻訳でしょう。オリジナルの言語から日本語に翻訳するとき、どんな言葉がぴったりくるのかを、翻訳家は真剣に探し求めます。つまり、日本の優れた翻訳家が言葉を吟味して選び抜いてできた文章が並ぶわけです。それってすごく尊いことですよね」と月岡さん。
「海外の作品は絵の美しさや物語の内容が私の好みということもあって、自然と店のラインナップにも増えていきますね。もちろん、日本の作家の絵本や児童文学もありますよ」と、自身の店を紹介してくれました。
『ムーン・ジャンパー(偕成社/文:ジャニス・メイ・ユードリー、絵:モーリス・センダック)』
神秘的なイラストと、谷川俊太郎の日本語訳が印象的な『ムーン・ジャンパー』。
最初に月岡さんが紹介してくれたのが、こちらの一冊でした。
「谷川さんの訳は見事なんですよね。原文に忠実でありながらも、英語をかみ砕いて、かみ砕いて、自分の言葉で翻訳をしている。この本の幻想的な雰囲気を演出しているのは、谷川さんの言葉があるからこそ」。
詩人である谷川俊太郎がつむぐ、言葉の心地よさを月岡さんは語ります。
「この本は起承転結や、驚くような展開があるわけではないのですが、夜の庭という静寂の舞台と躍動する子どもたちのコントラストが目を引きます。カラーのイラストのページと、モノクロのイラストと文章が交互に繰り広げられる構成も素晴らしい。お話と絵と翻訳が三位一体となっているからこそ、こんなにも素敵な絵本が生まれたのでしょうね」。
さらにこの本について「大げさな出来事が起きない静かな物語だからこそ、大人と子どもとで感じ方が異なるかもしれませんね」と話します。
「絵本って年齢や立場など、それぞれの在りようで、受け取り方が変わりますよね。それが絵本の魅力であって、楽しいところ。だから親子で感じ方が違ってもいいんですよ。無理に正解をつくったり、結論を導き出したりなんてしなくていいんです」。
自由な捉え方を肯定してくれる『ムーン・ジャンパー』の世界を、ぜひ味わってみてください。
『ふくろうくん(文化出版局/アーノルド・ローベル)』
続いて紹介してくれたのは、小学校の教科書にも採用されている『がまくんとかえるくん』シリーズの作者、アーノルド・ローベルの作品『ふくろうくん』。
「『がまくんとかえるくん』シリーズももちろん素敵な作品なんだけど、『ふくろうくん』も負けていなくてね、ユーモアあふれる素晴らしい作品なんですよ」。
お人好しで心優しく、けれど一度考え出すと止まらない性格のせいで、悩みを抱えながら毎日を忙しく過ごすふくろうくん。本書にはふくろうくんの日常をつづった短編を5作収録しています。
なかでも月岡さんのお気に入りは『うえとした』というお話だそう。
「ふくろうくんの家には1階と2階があって、ある日ふくろうくんが、『僕は1階にいるときに、2階に僕はいない。僕は2階にいるときに、1階に僕はいない』と考え出すんです。いっぺんに2階と1階にいられる方法を必死に探すのですが、それがとても楽しくて」。
何度読んでも新鮮な面白さを感じられる理由は、翻訳の力が大きいと月岡さんは話します。
「文化出版局のアーノルド・ローベルの作品は、小説家であり、詩人である三木卓さんがほとんどの翻訳を担当しています。文章そのものも素敵ですし、ユーモアのセンスもすごくあるので、ローベルの翻訳家としてぴったりな方だと思います」。
大人をも魅了するふくろうくんの物語は、アメリカでも『 I Can Read Books』シリーズという名前で、日本と同様に定番の絵本として愛されているそうです。
「『 I Can Read Books』、つまり『ぼくにもわたしにも読めるんだよ』ということ。子どもたちが初めて読む絵本としてぴったりなんですよね。もちろん読み聞かせをする大人も楽しめるし、子どもが一人で読んでも面白い」。
ちょっぴりとぼけたふくろうくんの生活をのぞき見ることで、大人も子どもも元気をもらえるはずです。
2.絵本を通じて世界を知り、考える
「今回紹介する5冊の絵本は子どもだけじゃなくて、大人のファンも多く、いずれも長年愛されている作品ばかり。私自身も昔から今までずっと愛している作品です」。
大人のファンが多い理由のひとつは、“ただ楽しいだけではない”ことだと月岡さんは教えてくれました。
『オットー(評論社/トミー・ウンゲラー)』
『オットー』の作者であるトミー・ウンゲラーは、アメリカやヨーロッパで活躍をした絵本作家の一人であり、風刺を効かせた作風で知られます。
「ウンゲラーで一番有名なのは『すてきな三にんぐみ』だけど、ほかにも良い作品をいっぱい描いていて、そのひとつが『オットー』ですね」。
この物語の主人公は、オットーと名付けられたテディベアです。オットーは少年デビッドとオスカーとともに、楽しい日々を過ごしていましたが、ある日、ユダヤ人のデビッドが、両親とともに強制収容所に送られてしまいます。
「ヨーロッパで愛情の証であるテディベアが、戦渦に紛れて数奇な運命をたどる物語。戦争の悲惨さや差別の残酷さの印象が強い一方で、“生きる喜び”がすごく伝わってくるんです」と話します。
悲しいだけで終わるのではなく、希望を抱かせてくれるオットーの物語。
「第二次世界大戦を経験したウンゲラー自身も、厳しい時代が終われば幸せな時代がやってくると願っていたのでしょうね。楽しい本ではありませんが、複雑な世界情勢により、悲しみを背負いながら生きている人がいる今だからこそ、読んでほしい一冊でもあります」。
『ちいさいおうち(岩波書店/バージニア・リー・バートン)』
「これは今回紹介する中でもっとも古い本です」。月岡さんがそう言いながら手に取った、『ちいさいおうち』は、1942年に出版された絵本です。
自然豊かな土地に建つ“ちいさいおうち”は、美しく変貌する自然の景色を眺めながら、じっと動かずに過ごします。春夏秋冬の季節をめぐりながら、ときに遠くに見える町のあかりを見ながらにぎやかな町を想像し、思いを馳せるのでした。しかし、時代の流れとともに景色は一変。ビルが建ち、自動車が走り、周りの様子は様変わりしてしまいました。すると、ちいさいおうちはあることを考えるようになっていく……というお話です。
アメリカを代表する絵本作家であるバージニア・リー・バートンの傑作絵本として知られる本書。絵本作家に限らず多くの表現者たちが影響を受けた1冊として挙げられることも多いそう。
「私はできるだけ絵本は紙の本で読んでもらいたいと思っているんです。ちょっとかっこよすぎる言い方かもしれないけれど、ページをめくる動作は“小説の行間を読ませている”と言い換えられる。それが紙の本質であり魅力です」と月岡さん。
数ある絵本の中でも、本書はとくにその本質を突いて、ページをめくるという動作・役割をしっかり活かしているという話も。
「都会化していく様子が一目で分かるようになっていて、お話の展開もわかりやすくて。ページをめくるたびにすごくワクワクするんです」と絶賛。
「絵本の面白さって電子書籍のスライドじゃ生かされないんですよ。展開を想像しながら、ページをめくる。その1秒くらいの“行間”を経て、次の世界が広がっていく。それをまさに活かした絵本だと思います」と、熱い言葉があふれます。
3.自分が愛する絵本の力を信じた先に
月岡さんが20代前半のころ、名古屋に初めてできた絵本と児童文学を中心に扱う書店で、ある出合いが訪れます。そこで出合ったのが、『トムは真夜中の庭で(岩波書店/フィリッパ・ピアス)』という児童文学だったそうです。
「児童文学に対して“子ども向けの話”と漠然としたイメージを持っていたので、『トムは真夜中の庭で』を読んだときは衝撃を受けました。海外ではこんなに素晴らしい物語があるんだと、児童文学ってこんなに面白いんだ、とね」。
この本をきっかけに海外の児童文学や絵本の世界を知った月岡さん。書籍に携わりたいと思い、2年ほど出版社で働いたそうですが、日に日に児童文学や絵本への想いは強くなる一方でした。それから月岡さんは出版社を辞め、児童文学や絵本を取り扱う書店に就職することに。
「児童文学では『トムは真夜中の庭で』、絵本では『かいじゅうたちのいるところ(冨山房/モーリス・センダック)』が、私をこの世界に引き込んでくれたきっかけですね。もう一つ、大切な本があって、それが『にぐるまひいて(ほるぷ出版)』という作品です」。
書店に16年間勤めていた月岡さんは、自分の好きな絵本の世界をさらに追求するために、自身の本屋をつくりたいと考えるようになったそうです。
「自分で本屋をつくりたいと思ったときに、『にぐるまひいて』が私の心をずっと掴んで離さなかったんです」と月岡さん。
朝早く起きて、畑仕事をして、暗くなったらご飯を食べて……そんな農家の家族の日々を描いた本書は、自分の生き方を決めるきっかけになったと話します。
「この本に出てくるお百姓さんは毎日同じことを繰り返しているように見えますが、毎日小さな変化はあるんですよね。本屋も同じで、朝早くお店に着いて、届いている荷物を荷ほどきして、棚に並べて、を繰り返す。だけどお百姓さんと一緒で変化はあります」。
お客さんの言葉や、店に並ぶ新刊など、繰り返しの毎日の中で起こる些細な変化が幸せにつながっていることを、月岡さんはうれしそうに伝えてくれました。
「この『にぐるまひいて』に登場するお百姓さんは、自分の自信のあるものをつくるために一生懸命に働くのです。それを町で売って、喜んでもらう。私も本屋をやっている以上は、自分が自信を持って好きだと言えるものだけを店に並べたいと強く思ったわけです」。
1995年に独立した月岡さん。本屋を始めて27年経った今も、自分の店が大好きだと話します。
そんな『にぐるまひいて』の絵を担当するバーバラ・クーニーが手がけた『チャンティクリアときつね』を最後に紹介します。
『チャンティクリアときつね(ほるぷ出版/バーバラ・クーニー)』
月岡さんが「バーバラ・クーニーの絵が本当に好きなんです」と話すように、繊細で色鮮やかなバーバラ・クーニーの作品は、世界中のファンから愛されています。
クーニーのイラストはただ美しいだけでなく、時代背景に忠実であることでも知られます。当時の服装や暮らしぶりを徹底して調べたと言われており、絵のすみずみまで見逃せません。
「クーニーは本当にすごい人で、この作品の舞台である14世紀のヨーロッパのことを調べ上げているんです。この物語の題材となった『カンタベリー物語』が生まれた場所を訪ねて、建物や町並みを研究したそうです。だから大人が読んでも面白いと思えるんでしょうね」。
続けて、月岡さんは本書にまつわる印象的なエピソードを教えてくれました。
「小さいころから私の店に通ってくれている男の子がいるのですが、20代になった彼が久々に来店しました。そのとき、『チャンティクリアときつね』を見て、『月岡さん、この本って変わった?』と言ったんです。よくよく聞いてみると、この本はもともと中面は一部モノクロなのですが、中面の挿絵が昔はカラフルだったと言うんです。彼は自分で物語を膨らませて、頭の中で色を想像し、創り出していたんですよ」。
それだけ絵本の絵は子どもの心に深く残るものなんだと、月岡さんは当時を振り返りました。
¥1,760
発行/ほるぷ出版
著者/バーバラ・クーニー 、訳/平野敬一
4.終わりに
これまで選書という形で、たくさんの人に絵本や児童文学を届けてきた月岡さん。
今回紹介をした長年愛されている作品はもちろん、新人作家の作品も読み続けるなど探求心が尽きることはありません。
それらの原動力は、絵本や児童文学の素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらいたいという想いから。
「人間の一生は限られているから、どんなに長生きしても自分が体験できないこと、やらずに終わってしまうことがあるわけです。自分が経験できそうにないことを本を通じて体験できるのは、ほかではなかなか得られない喜びだろうと思うんですよ。とくに子どもにとっては、知らない世界を味わえるのは、すごく面白くて新鮮ですよね」と月岡さん。その話に深く共感し、うなずくばかり。
「私もその魅力に取りつかれて今に至りますから」と笑顔で話してくれました。
ぜひ気になった海外の絵本を手に取り、読書の世界への一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
絵本の選び方で迷ったときは、「BookGallery トムの庭」を訪れてみてください。きっと運命の一冊と出合えるはずです。
動画で見る『BookGalleryトムの庭・月岡弘実さん』インタビュー
写真・動画=太田昌宏(スタジオアッシュ)
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