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2024.03.06 Wed

本の紹介

ティモンディ前田裕太さんが選ぶ5冊の本┃どんな個性も愛おしい!「森見登美彦ワールドを楽しむ本」

人生で特別な5冊を紹介してもらう連載企画「5冊の本」。

今回お話を伺ったのは、お笑いコンビ「ティモンディ」の前田裕太さんです。

高校時代は野球の名門・済美高校で甲子園を目指していた前田さん。高校3年生の夏、甲子園出場がかなわず挫折を味わいますが、学校の図書館で司書さんに本を勧められたことをきっかけに、1日1冊のペースで本を読むほど読書熱が上がったと言います。

そんな“読書好き芸人”としても活躍中の前田さんがとくに好きな作家が、森見登美彦。2003年に『太陽の塔』で「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞して作家デビューして以来、数多くのファンタジー・SF作品を描く小説家です。

昨年デビュー20周年を迎え、2024年1月に待望の新作『シャーロック・ホームズの凱旋(中央公論新社)』も発売されました!

そこで今回は、「森見さんの養子になって家系図に入りたいんです!」といびつな森見愛を熱弁する前田さんに、「森見登美彦」作品のなかから、おすすめの5冊の本を選んでもらいました

取材
お笑い芸人
前田裕太

1992年生まれ、神奈川県出身。グレープカンパニー所属のお笑いコンビ「ティモンディ」のツッコミ担当。野球の名門・済美高校で甲子園を目指し、その後は駒澤大を卒業、弁護士になろうと明治大学法科大学院で学んだ異色の経歴をもつ。(InstagramX


須崎條子

この記事のライター/須崎條子(エディマート)

エディマートに所属し、編集・マネジメント業務を担当。森見作品をこよなく愛す。とくに好きな作品は『恋文の技術』と『ペンギンハイウェイ』。電車の中で読んでいて思わず噴き出した経験も何度も。

1. “愛おしき変わり者”の姿が、過去の失敗を受け入れるきっかけに

前田さんが森見登美彦さんの作品に出合ったのは、高校時代。正々堂々と部活で努力してきた前田さんにとって、とても衝撃的だったそうです。

「歪んだ感情を堂々と誇り、世間がおかしいと声高に主張する変わり者たちが登場する森見さんの作品を読むと、『こんなふうに生きられたら幸せだろうな』と憧れます。それまでは、学校教育でまっすぐ正しく生きることを学び、野球で正々堂々と戦い、努力は報われると教えられてきたこともあって、正しいことからはみ出た人を断罪するような考えを持ってしまっていたんです」。

そんな思考から脱却し、“人の歪み”も愛せるような考え方を教えてもらったと言います。

森見さんの作品は、僕を“人”にしてくれた、まさに教典です」と、森見愛あふれる前田さんが、まず初めに紹介してくれたのは、デビュー作『太陽の塔』。

『太陽の塔(新潮文庫/森見登美彦)』

『太陽の塔』の冒頭2行がこちら。

 

何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。

なぜなら、私が間違っているはずがないからだ。

 

「とんだひねくれ者だ!」と感じたでしょうか?

“周囲の人を否定して自分を肯定する”という主人公の性格の歪みを、この2行で表現した文章に、前田さんは「説明的な言葉を使わず、こんなにわかりやすく言い表すなんて、天才的!」と感銘を受けたそう。

主人公の人物像をあえて説明せず、読者側に委ねてくるのが森見作品の特徴の一つ。頑固で視野の狭い、歪んだ性格の主人公だけど、そこに人間らしさも感じられてどこか愛おしい。そんな姿、言動はどうしてもツッコミたくなるので読んでいて楽しいですね」と、魅力を教えてくれました。

華のない大学生活を送る男子学生が、失恋を機に元恋人をストーキングするように観察し、「なぜ彼女に惹かれたのか」「なぜ振られたのか」を研究する。そんな主人公の手記というスタイルで描かれる本作。

高校生の頃に初めてこの本を読んだ前田さんは、野球で挫折したと感じている自分に置き換えてみると、楽な気持ちになれたそうです

必ずしも『正しくなければならない』ということはないと、森見さんは作品を通して教えてくれました。甲子園への道が断たれて、高校3年間の努力は無駄だったと思い込んでいたけれど、それも別に悪くないかもしれないと、自分自身を見つめ直すきっかけになりましたね」と前田さん。

どんな青春時代を送ってきたか、読む人によって感じ方が違うのも本書の面白さではないでしょうか。

太陽の塔

¥649
発行/新潮文庫
著者/森見登美彦

『四畳半神話大系(角川文庫/森見登美彦)』

「これは、僕が森見さんの作品の中で一番多く読んだ本ですね。単行本と文庫、どちらも保存用と読む用を持っているほど、自分にとって聖書ともいえる一冊です」。

前田さんが何度も読み返したという『四畳半神話大系』は、冴えない大学生活を送る主人公が、「もしもあのとき、違うサークルを選んでいたら…」という選択の違いで変わる4つの平行世界を描いた物語。

「この本を読むと、極論ですが、人間性が変わらないとどんな選択をしたとしても一緒なんだなと思わされます。ただ、描かれる物語がどれも面白いので、たとえば人生で何か選択を失敗したと思ったとしても、きっとそれはそれで自分自身の物語として面白みがあるのだろうと思えるんですよね

と、教訓を受け取ったようです。

妖怪のような友人「小津」やクールな黒髪の乙女「明石さん」、大学八回生の「樋口さん」など、個性豊かなキャラクターが登場するのも本書の魅力。

「『太陽の塔』の主人公も歪んでいますが、こちらもまたいろんな方向に個性が飛びぬけている人物がたくさん出てきます。高校時代、野球で挫折して悲劇のヒロインのような気持ちでいましたが、彼らを見ていると自分って全然マシだなって思いますね(笑)。精神的に支えてもらえるので無人島に持っていくならこの一冊です」。

変わり者ばかりですが、意外にもそれぞれのキャラクターに共感できる部分があると話す前田さん

「他人から見ると『その人のどこがいいの?』と思うことがありますが、一面性だけで人間は語り切れないもの。どうしようもなく情けない主人公でも、自分の可能性を信じようとする一面には共感できますし、現実にいたらヤバイ性格の小津くんにも実はかわいい一面もあったりします」。

奇人変人が繰り広げる妄想パラレルワールドで、ぜひお気に入りのキャラクターを探してみませんか?

四畳半神話大系

¥748
発行/角川文庫
著者/森見登美彦

 

2.これから初めて「森見登美彦」作品を読む人におすすめしたい

どこか歪んだ性格の“腐れ大学生”たちが多く登場する、森見作品特有の世界観。ここからは森見さんの新たな一面や、表現力の素晴らしさに触れられる本を紹介します。

『ペンギン・ハイウェイ(角川文庫/森見登美彦)』

小学4年生の男の子が主人公でファンタジー要素あふれる作風に、「こんな爽やかな物語も書けるの!?」と、森見さんの幅の広さに驚いたという前田さん。それが次に紹介する『ペンギン・ハイウェイ』です。

「初めて読んだときはサイダーのような読後感で森見さんっぽくないと思いましたが、自分自身が森見さんを過去作の一面だけで見ていたのかと。ビンタされたようにハッとさせられました」と振り返ります。

主人公・アオヤマくんがお父さんから問題解決の方法について教わり、そのすべを身に付けていく姿に、「自分を形成するものは何だろう?」と考えるきっかけにもなったそうです。

「SNSからたくさんの情報が入ってくる時代。さまざまな意見を見て軸がブレてしまいがちですが、自分のアイデンティティをもっておくことの大切さをこの作品を通じて感じました森見さんの本を読んだことがない人には、まずこの本をおすすめしたいです。若い世代にも読んでほしいですね」。

2010年に「第31回日本SF大賞」を受賞した本作は、町に突然現れたペンギンたちの謎を追うストーリー。謎に関わる歯科医院のお姉さんとの交流もユニークで、アオヤマくんのほろ苦いひと夏の成長物語が描かれます。アニメ映画化もされているので、あわせて楽しむのもおすすめです!

ペンギン・ハイウェイ

¥704
発行/角川文庫
著者/森見登美彦

『新釈 走れメロス 他四篇(角川文庫/森見登美彦)』

芥川龍之介や太宰治など、名だたる文豪たちの名作を“森見流”にリメイクされた新釈 走れメロス 他四篇』。原作のストーリーを知っている人にとってはプラスαのユーモアが感じられ、知らない人でも現代に置き換えられたことで親しみやすい作品です。

ウェブマガジンでコラムを連載している前田さんは、書き手としても森見さんの表現力の高さに刺激を受けたそう

読んだらすぐに森見さんの文章だとわかるほど、いい意味でひねくれていて“森見ワールド”全開です。芸人がモノマネをするときも、単に似せるだけではなく自分らしい面白さを入れるのが難しくて。ただでさえ面白い名作に、自分の色をしっかり出せるテクニックがすごいと思いました」。

本書には、『山月記』(中島敦)、『藪の中』(芥川龍之介)、『走れメロス』(太宰治)、『桜の森の満開の下』(坂口安吾)、『百物語』(森鴎外)の5作品の新釈版が収録され、どの作品も森見さんおなじみの京都の“腐れ大学生”に置き換えられています

国語の教科書に、森見さんの新釈版も原作と一緒に載せたら、作品への理解も深まって勉強が好きになるかも(笑)」と新しい提案もしてくれました。

文豪たちの作品を読んでみたいけどなかなか手を出せずにいる方は、ぜひこちらの一冊を。森見さんの描く“愛すべき阿呆”たちが繰り広げる、くだらなくて面白い世界をのぞいてみてください。

新釈 走れメロス 他四篇

¥572
発行/角川文庫
著者/森見登美彦

3.実在する場所や本とリンクする読書体験を

ファンタジーでありながらも、森見作品には実在する土地やお店、本などがよく登場します。なかでも作者が学生時代を過ごした京都は、たびたび物語の舞台になり、“聖地巡礼”と称してその場所を訪れるファンも少なくありません前田さんももちろん、その一人

『夜は短し歩けよ乙女(角川書店/森見登美彦)』

最後に紹介するのは、アニメ映画、マンガ、舞台などさまざまな展開を見せているベストセラー青春恋愛小説『夜は短し歩けよ乙女』。

片想いをテーマにした本書では、主人公が想いを寄せる黒髪の乙女を追い求めて歩く、京都の街が魅力的に描かれています。

「森見さんはピンポイントの場所を舞台に作品を書くことが多く、この本では愛ある故(?)のディスりも交えながら表現されています。作中に登場するバー『月面歩行』のモデルとなったお店にも行きました!聖地巡礼がとくに楽しい一冊ですね」。

ストーリーの鍵となる「下鴨納涼古本まつり」も、実際に毎年夏に下鴨神社で開催されるイベントです。

「京都という土地とつなげてくれるだけでなく、“読者を本から本へつなぐ”作品でもある」と前田さんが言うように、作中では、芥川や太宰などの文豪について語られる場面や『ラ・タ・タ・タム』という絵本などが登場。本を読みながら新しい本に出合えるという、本好きにはたまらない読書体験が楽しめます。

前田さんは、森見さんが生み出す独特な言葉の魅力についても語ってくれました。

「とにかくワードセンスがすごいんです!『韋駄天コタツ』とか、読者が共通で理解できるイメージの言葉を組み合わせながら、考え付かない造語が出てくる。森見さんの発想力がうらやましいです」。

黒髪の乙女が使う「なむなむ」「おともだちパンチ」などのワードもかわいらしいので、注目して読んでみるのも楽しいですよ。

夜は短し歩けよ乙女

¥616
発行/角川文庫
著者/森見登美彦

3.終わりに

“読書好き芸人”として、さらにはコラムの連載や、昨年は短編小説の執筆にも挑戦するなど、活躍の幅を広げる前田さん。森見さんへの愛を語るなかで、今までの人生への葛藤についても明かしてくれました。

「野球で挫折して、弁護士になろうと法科大学院まで進み、相方・高岸に誘われて芸人の道を選んだ自分は、どっちつかずで何者にもなれていない、“結果が付いてこなかった人生”という自己認識があったんです。高岸の前向きで明るい性格とは違って自分は内省的。でもそういう自分も一つの個性として受け入れられるようになったのは、森見さんの作品に出合えたから」。

成功の陰には失敗や挫折がある。名声をほしいままにする森見さんも、一時すべての連載を休止して、故郷の奈良へ帰っていた時期があるそうです。

前田さんは、「森見さんでも執筆に苦しんで、いろんなことを感じていたと思うと勇気がもらえます。売れているものにとどまらず、新しいテイストのものを生み出し、それもまた世の中に評価される。そういう作品の流れを見ていると、人生を生きづらくしているのは自分自身なのかもしれないと思えてきますね」と語ってくれました。

今回、愛情たっぷりに本の魅力や楽しみ方を教えてくれた前田さんのように、森見作品にパワーをもらったという人も多いのではないでしょうか

どんな個性も愛おしく感じられる「森見登美彦」作品をぜひ手に取ってみてください。

 

取材・執筆=須崎條子、森永もも(エディマート)

写真=早坂直人(Y’s C Inc.

 

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MICHIKO SUZAKI

この記事の執筆者MICHIKO SUZAKIクリエイティブ・マネージャー

関西大学在学中、カンボジアの少年と出会ったことをきっかけに、無関心を卒業すべく17か国をめぐる地球一周の船旅に出る。知ることの大切さと伝えることの難しさを感じ、編集という仕事を志すことに。2009年エディマートにアルバイト入社し、4カ月後に正社員に。主にエリア情報誌(飛騨高山と伊勢志摩が得意!)や新聞広告、子ども向け新聞などの編集・ライター業務に携わる。なかでも映画関連の俳優・監督インタビューと、国内外問わずカメライターとしての旅取材経験多し。九州生まれ。

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