2020.12.21 Mon
シネマスコーレ副支配人・ 坪井篤史さんが選ぶ5冊の本┃読書を通じてさらにディープな作品の世界へ!「映画が観たくなる本」
人生で特別な5冊を紹介してもらう連載企画「5冊の本」。
今回お話を伺ったのは、名古屋のミニシアター「シネマスコーレ」の副支配人を務める坪井篤史さん。映画の上映作業、イベント企画・運営、はたまた掃除や雑用に至るまで、シネマスコーレのあらゆる仕事をされています。さらには、大学の非常勤講師として講義を受け持ったり、テレビや雑誌などで情報発信をしたりと、映画の面白さを伝えるための活動も。
自らを“映画狂”と名乗り、映画尽くしの日々を送る坪井さん。そんな坪井さんに今回、「映画が観たくなる本」をテーマに5冊の本を選んでもらいました。
もともと読書の習慣はなかったそうですが、「映画の世界をより熟知したい」という思いが年々増すように。そして、2年ほど前から「映画」と同じく「読書」も楽しむようになったのだとか。
今回はそんな坪井さんに映画と本が連鎖する、新しい読書体験について、お話しいただきました。
この記事のライター/水野史恵(エディマート) エディマートに所属し、編集や執筆の業務を担当。東海地方を中心とした情報誌や観光ガイドブック、新聞記事などを制作している。映画はサブスクリプションを活用して自宅で鑑賞することが多いが、年に数回は劇場に足を運んでいる。人生で一番多く観た映画は『青い春』。 |
目次
1.今まで知る術がなかった、「ミニシアター」のバイブル
学生のころから大の映画好きで、「毎日映画のことだけを考えて生きていきたい」と願っていた坪井さん。そんな思いもあり、大学時代にシネマスコーレで働くことを決意したそうです。
「第一に、好きなことをして生きていたい。『お金はあとでついてくるだろう』と考えてしまい、もう20年経ってしまいました(笑)」と話すように、映画漬けの日々をかれこれ20年以上過ごしているのだとか。
坪井さんが働くシネマスコーレでは、『面白い映画なら何でも上映する』をモットーに、邦画・洋画、メジャー・マイナー問わず、あらゆるジャンルの映画を上映。そして、映画との距離感を何よりも大切にしている坪井さん。監督・出演者と観客のコミュニケーションを促すため、トークショーなどのイベントも積極的に開催しています。
ちなみに、「ミニシアター」とはどんな場所なのか、皆さんご存じですか?
そして今年の春、シネマスコーレをはじめとした全国各地のミニシアターに大変な影響を与えたのが、新型コロナウイルスでした。ミニシアターの多くが、新型コロナウイルスの影響で閉館の危機に直面。しかし、幸か不幸かそのことがきっかけとなり、ミニシアターという存在が多くの人に知られるようになりました。
『そして映画館はつづく(フィルムアート社)』
「コロナ禍になるまで、『ミニシアター』という言葉は一般化されていなかったと思います。それが、コロナの影響で映画館が大変なことになっていることが全国的に広まって。そのおかげでミニシアターの存在を知る人が増えてくれました。ただ、存在を知ったはいいが、どこにあってどんな場所なのかは、イマイチわからない。そんな疑問を解決してくれるのがこの本ですね」。
『そして映画館はつづく(フィルムアート社)』は「日本のミニシアター・ガイド」と題し、北は北海道「シネマアイリス」から南は沖縄県「桜坂劇場」まで、全国の中・小規模映画館情報を紹介。住所や電話番号といった基本情報をはじめ、劇場ごとに異なるチケットの購入方法やスクリーン・席数など、その劇場に訪れるために必要な情報が掲載されています。
「ミニシアターと一口にいっても、施設ごとに特徴があります。アート系やドキュメンタリーを多く上映している、カフェや書店を併設している、映写室のような小さな上映室で見られるなどさまざま。そんな特徴が一覧で載っているので、近所にどんなミニシアターがあるか調べることができるんです」。
「また、ミニシアターって何となく行きづらい印象がありませんか?この本には、映画館に対する劇場スタッフの“思い”が綴られており、現場の本音にふれることでミニシアターを身近な存在に感じられると思います」。
坪井さんも本書のインタビュー取材を受けたそうで、これからの映画館への期待、新型コロナウイルスという逆境を好機に変える術について語ったそうです。ほかにも、地方都市で映画館を運営し続けることの面白さや難しさ、映画の多様性と商業の場としての両立、旧作を見せる役割など、全国の劇場スタッフの声を紹介しています。
「ミニシアターに行ったことがない人にとって、“バイブル”であり“地図”のような、そんな一冊ですね。これを読んで、ぜひお近くのミニシアターに足を運んでもらえたらうれしいです」。
¥2,200
発行/フィルムアート社
著者/フィルムアート社
2.本のおかげで映画がより面白く、映画のおかげで本がより面白く
これまで数多くの映画を鑑賞してきた坪井さんですが、ストーリーの基となる原作本へは興味が向かなかったようです。
「とにかく映画が好きなので、原作を読む時間があれば映画を観たいという考え。資料本については、本で調べなくても自分で直接会ったり聞いたりできないかとなりますし、どうしても“体験をしたい”という思いが優先していました」。
そんな中、2年ほど前から書籍に興味を持ち始めた坪井さん。多い時にはなんと月50冊ほど本を読み、まさに“映画本”の虫と化したとか。
「映画を愛するようになってずいぶん経ちますが、好き過ぎるゆえに映画をもっと極めたい、という思いが日に日に強くなりました。そんな知的好奇心を満たしてくれたのが“本”だったんです」。
『映画極道 五社英雄(徳間書店/五社巴)』
多くの“映画本“を読み漁る中で、映画監督・五社英雄氏の本には衝撃を受けたそう。これまでに関連書籍も多数出版されていて、現在でも根強いファンが多い監督です。
「この本を読むきっかけになったのが、映画研究家の春日太一さんの存在。春日さんは五社英雄の本を何冊も出していて、スコーレのスタッフの中でも人気を集めています。一方で僕は、自分の好きな監督の関係者に取材ができる春日さんが羨ましくもあり、悔しくもありでずっと読んでいなかったんですよね(笑)。ただ、自分も読書をするようになって、春日さんの本を読んだらとても面白くて。五社英雄ファンとして共感できる部分ばかりでした」。
その後、春日さんの本だけでなく、五社英雄にまつわる本を読み漁って出会ったのが『映画極道 五社英雄(徳間書店/五社巴)』だったそうです。
「五社英雄の作品には、一生記憶に残るような描写が必ずひとつ入っています。広く知られている作品は『極道の妻たち』。かたせ梨乃のベッドシーンは当時、学校中の話題になりました(笑)。女優を脱がせるのが上手で、ダイナミックな演出に評価を集める五社英雄。その娘さんが父親について書いたのが、本書なのです」。
ほかの本とは異なり、実娘の目線で五社英雄について書かれているのも面白さのひとつ。
「何が良いって、プライベートを包み隠さず全てをさらけ出しているんです。借金を残して失踪した夫人についてや、再婚した女性との関係など、監督の娘だからこそ書ける確かなことばかり」。
当時、映画界のトップであった五社英雄の日々は壮絶でした。女優との色恋沙汰や銃刀法違反で逮捕された経験など、その様子を間近で見ていた著者はどう思っていたのでしょうか。
「五社英雄の撮ってる映画は傑作ぞろいですが、当時の傑作って相当命を懸けないと撮れなかった。それって言い方は悪いですが、家族を捨てる覚悟が必要だと思うんです。でも著者は、命懸けで映画を撮っていたことを理解していた。だから、父のことを否定していなんですよね。父と娘の間には間違いなく愛があふれていました」。
『クエンティン・タランティーノ 映画に魂を売った男(フィルムアート社/イアン・ネイサン)』
「高校生のころに『パルプ・フィクション』を観て、『ものすごい映画に出合ってしまった!』と衝撃を受けました」。
坪井さんが“映画狂”に開花したきっかけが、クエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』。タランティーノ作品の中毒性に魅了された坪井さんは、数十回にわたり映画館に『パルプ・フィクション』を観に行き、愛知県の公開が終了した後は他県に追っかけもしたのだとか。
「タランティーノはとにかく映画熱にあふれている人。だからこそ、僕を含めた熱狂的な映画ファンを生み出してしまったんだと思います(笑)」。
世界各国にファンを持つタランティーノにまつわる書籍は、現在に至るまでに数多く出版されてきました。しかし、坪井さんは共感できる本となかなか巡りあえなかったといいます。というのも、ファンなら当たり前のことが並べられていて、新しい発見や解釈が見つからなかったからだそうです。
そんな中、ほかとは一線を画す内容が記されていたのが『クエンティン・タランティーノ 映画に魂を売った男(フィルムアート社/イアン・ネイサン )』でした。
「作品の裏側や、初めて知る深い情報も満載でしたね。例えば、ある映画の公開直前にカットされたワンシーン。本書ではカットに至るまでのエピソードがしっかりと解説されており、読み進めることで『なるほど!』と腑に落ちました」。
「タランティーノのつくる映画って僕みたいなマニアでなくても、必ずどこかは楽しめる部分があると思うんです。音楽や効果音、キャスティング、ケレン味にあふれた絵づくりなど。この本は、そういった魅力を言語化してくれています」。
この本を読む前と後では、作品への理解度も変わってくるはず。古参から最近ファンになった人まで誰もが楽しめる、より作品を愛するためのヒントが詰まった一冊です。
¥3,300
発行/フィルムアート社
著者/イアン・ネイサン
『空想映画地図[シネマップ](フィルムアート社/ A.D.ジェイムソン、アンドリュー・デグラフ)』
「この本はちょっとすごいですよ!」。そう言って、坪井さんは嬉々とした表情でページをめくり『空想映画地図[シネマップ](フィルムアート社/ A.D.ジェイムソン、アンドリュー・デグラフ )』を紹介してくれました。
『スターウォーズ』『ロード・オブ・ザ・リング』などの超大作から、『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』『シャイニング』といったカルト人気を誇る作品まで、名作映画の世界を1枚の地図にした一冊です。
「地図を見ると、『ジョーズ』のブルース(サメ)がどのポイントで出現するのか一目で把握できます。また『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の世界では、作中の現在とタイムトラベルした過去の世界を比較して見せるなど、とてもユニーク。」
ビジュアルブックなので、地図は非常に細かく描き込まれています。中でも、『ロード・オブ・ザ・リング』の世界では、3部作通じて陸・山・海を移動する主要キャラクターの足跡を地図上に表現。全てを描き切るまでに1000時間かけたという、“苦行”とも思える力作です。
「作者も明言している通り、本書はあくまで『この映画を地図にしたらこうなるかも』という妄想の世界。しかし、細部までかなり的確に描かれており、精度の高さに感心してしまいます」。
数えきれないほどの映画を鑑賞してきた坪井さんも、「こんな映画の見方があるんだ」と新しい楽しみ方を発見したと言います。
坪井さんはこの本の優れた点を「作品を観ていなくても満足できる」と説明。
「映画の本は評論家が執筆しているものが多くて、作品に興味のない人は手を伸ばしにくい。しかしこの本は、細部まで凝りに凝った地図をただ眺めるだけで楽しめるはずです。あとは、ジャンルを問わない多彩な作品が地図化されているので、未見の人にとっては名作への導入にもなる」。
映画ファンはもちろん、作品を未見の人でも楽しめる一冊。名作映画の世界を地図で遊び尽くしてください。
¥3,520
発行/フィルムアート社
著者/A.D.ジェイムソン、アンドリュー・デグラフ
3.情報がすぐ手に入るネット社会の今だからこそ、再認識したい言葉の重要性
ここまでを読んで、「劇場で映画を観たくなった」という人も多いのではないでしょうか。
ところで皆さんは普段、映画館で観る作品をどうやって決めていますか?「Googleで調べる」「SNSで誰かの投稿を見る」など、事前にあらすじやレビューを調べた上で作品を選ぶ人が多いかもしれません。一方でインターネットが普及する前は、どのようにして作品を選んでいたのか考えたことはありますか?
『映画宣伝ミラクルワールド 特別篇(洋泉社/斉藤守彦)』
『映画宣伝ミラクルワールド 特別篇(洋泉社/ 斉藤 守彦 )』は、パソコンが普及する前の1970~90年代の映画宣伝について取り上げた一冊。当時の映画宣伝といえば、ほぼチラシやポスターが主流だったそうです。そのような紙媒体で、特に重要視されていたのがキャッチコピーでした。
「この本は当時の宣伝マンがいかにして言葉1つで劇場に人を呼んでいたか、その試行錯誤の歴史がまとめられています。『ターミネーター2』が1作目を上回るヒットとなった成功例や、宣伝が暴走しすぎてコケてしまった作品の失敗例など、興味深い内容ばかりですよ」。
坪井さんは本書を読むと、「宣伝を通し、どんな方法でお客さんを騙していたのか」が伝わってくると話します。
「映画はどこまでいっても動員数が大事。当時は今よりも『宣伝マンが映画の運命を握っている』と言っても過言ではない。詐欺ということではありませんが、キャッチコピーに造語や誇張表現なんて当たり前(笑)。今思うと『あの映画はなんであんなに流行ったんだろう』という映画が、実は宣伝のおかげでヒットしていたこともこの本から知ることができました」。
“決してひとりでは見ないでください”というコピーに聞き覚えはありませんか?これは、ホラー映画『サスペリア』の宣伝で使われた言葉です。
「『サスペリア』のポスターをデザインした檜垣さんに話を聞く機会があったのですが、このコピーの誕生のきっかけが言えないんですけど衝撃的で(笑)。ただひとつ言えるのは、人の興味を引くきっかけをまずつくるのが大切だということ。知ってもらわないと始まらないですからね」。
「ミラクルワールドの“ミラクル“は、きっとストレートな意味だと思うんです。責任を持って一生懸命に仕事をしたから、いろんな意味でミラクルが起きた。作品の運命を握る宣伝マンが、『いかに自分の人生を賭けていたか』ということですよね」。
¥3,300
発行/洋泉社
著者/斉藤 守彦
4.おわりに
坪井さんに今回の5冊のセレクト理由を聞くと、ある共通点が浮かび上がってきました。
「映画をテーマにした本というと、映画のガイドブックや評論家の批評本を想像する人が多いと思います。しかしガイドブックや批評本は、映画に興味を持った人が観賞後に読むことがほとんど。だから今回は、普段映画を観ない人にとっても楽しめる本であり、読書をきっかけに映画が観たくなる本を選びました」。
今回、坪井さんは映画宣伝に焦点を当てた本や、映画の世界を地図に描いたビジュアルブックなど、ユニークな本の数々を紹介してくれました。
ミニシアターというコアな映画ファンが集う場所で働きながらも、“1人でも多くの映画ファンを増やしたい”という思いを胸に、日々映画の魅力を発信している坪井さん。今回紹介した書籍をきっかけに、1人でも多くの人が映画館に訪れてくれたらうれしい、と話してくれました。
坪井さんセレクトの本を読んで、皆さんもぜひ映画館に足を運んでくださいね。
写真=山本 章貴
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劇場独自に選んだ映画を上映する映画館。規模が小さく、座席数300以下のものをいう場合が多い。かつて単館系と言われた映画館もこのタイプ。大手映画会社の影響を直接受けずに、運営を自由に行なうことができるため、メジャー・マイナー国内外問わず上映する作品の幅が広く、映画館自体のファンになる人も多い。