2021.03.18 Thu
『ナゴヤ2030』桜山社・江草三四朗インタビュー/有識者32名が語る名古屋の未来。2030年の“ドリームプラン”に期待が高まる
2020年に予定されていた東京オリンピックに対抗して、その10年後となる2030年の名古屋の展望を語ることを趣旨に企画された『ナゴヤ2030(桜山社)』。
しかし、新型コロナウイルスにより世界は一変。東京オリンピックも延期が決まり、先行きの見えない未来に翻弄される日々が過ぎていきます。
そんな中で発売された『ナゴヤ2030(桜山社)』は、10年後の名古屋がどうなっていてほしいのか。行政、エンタメ、観光など、さまざまな職種に就く32人が、名古屋の未来に希望を込めた「近未来予想図」を語っています。
今回は『ナゴヤ2030(桜山社)』の企画・制作を担当した桜山社・江草三四朗さんにインタビュー。
本書に込められた想いをはじめ、江草さんが考える名古屋の未来、出版社を立ち上げて現在に至るまでの軌跡、本づくりに対する熱い想いについてお伺いしました。
¥1,650
発行/桜山社
この記事のライター/水野史恵(エディマート) エディマートに所属し、編集や執筆の業務を担当。情報誌や観光ガイドブック、新聞記事などを制作している。生まれも育ちも愛知県。仕事では、名古屋を中心とした地元の魅力を発信できる記事づくりを心がけている。 |
目次
1.“名古屋だからできること”を見つけるヒントに
ひとり出版社を立ち上げるまで
『ナゴヤ2030(桜山社)』、読ませていただきました! 魅力が少ないといわれる名古屋の観光事業をはじめ、街の進化についてや、名古屋で生まれた文化やエンタメのこれからなど。現在進行形で名古屋で働く私にとって、興味深い内容ばかりでした。 まずは、『ナゴヤ2030(桜山社)』の出版元である桜山社について教えていただけますか? |
桜山社は私が生まれ育った地元・名古屋で2015年に立ち上げた出版社です。出版社と言ってもほかに社員はおらず、一人で本の企画から編集、営業を担い全国に本を販売しています。 もともと本が好きだったこともあり、新卒で出版社・ゲインに入社したことが今振り返るとすべてのはじまりだったわけですね。 |
出版社のご出身だったんですね! ではもともと、編集の仕事をされていたのですか? |
いや、出版社では編集ではなく営業職でした。しかし、間近で編集の仕事を見られたのは今につながる良い経験になりましたね。営業として反響を出す広告原稿をお客さまと必死に考えたこともそうです。 それから大手情報会社に転職した後に一旦家業を継いだのですが、両親と馬が合わず家業を手放すことに。サラリーマンに戻るとなると、やはり書くことを仕事にしたいということで新聞記者として神奈川県に行き、5年間勤務しました。 仕事は記者としての取材活動と広告営業との兼務。時間との戦いで、最初はとても戸惑いましたが、3年目くらいからは徐々に結果が伴うように。しかし、30代も半ばに差し掛かり、現状に満足していることに不安を感じて悩むことが日に日に増えていきました…。 |
そこで桜山社を立ち上げられた? |
残念ながら違って(笑)。 新聞・出版業界に携わりたい気持ちと地元に戻りたい気持ちはあったのですが、名古屋は出版の仕事がまったくなく…。 出版業界は諦めて、IT系の会社に就職しました。 |
IT系!? 今の仕事とは割と距離があるような…。 |
そうですね。びっくりするほど全然合わなくてすぐ辞めてしまい、無職になりました。 家業を投げ出して逃げるように東京に向かったのに。地元に戻ってきたはいいけど出版の仕事が見つからず、挙句の果てに無職になってしまって…。 どうしようもない状況の中、やりがいのある出版の世界で再び働きたい想いだけで、「働き先がないなら自分で出版社をつくってやろう!」とスタートさせたのが桜山社でした。 |
無職の状況から起業されたとは驚きです…! 2015年の創立以降多くの書籍の出版されて、『ナゴヤ2030(桜山社)』が節目の20冊目になるんですね。 この本は、新卒で入社したゲインの藤井会長とのご縁があって、企画が始まったと伺いました。 具体的にはどのように制作が進んでいったのでしょうか? |
当初は恩師として尊敬している、藤井さんの自伝的な本をつくりたくてオファーを出しました。しかし、藤井さんからは「自分の過去を振り返る本はつくりたくない」という返事が。続けて、「つくるのであれば、未来に向けての本にしよう」とおっしゃっていただきました。 藤井さんの言葉で視野が広がり、「せっかくならば名古屋の未来を識者に語ってもらう本にしよう!」となり、制作がスタートしました。 |
そういった経緯だったんですね。本の中では名古屋にゆかりのある方々が、10年後の名古屋の未来に対する構想や夢を語っていますよね。 未来予想をする上で、10年後の2030年を目安として設定したのはなぜでしょうか? |
例えば2050年とかになると、あまりに遠い未来だから読み手がビジョンを想像しづらく、夢物語になってしまう可能性があるように思いました。 10年後の名古屋の未来となると、語り手も読み手もイメージがしやすい。観光や文化、エンタメなどさまざまな角度から名古屋について語ってもらっているので、どれか1つでも読み手の胸に刺さるように。そして応援してもらえるように。 そんな想いを込めて、2030年という年に向けてのドリームプランを集めました。 |
若年層にも伝えたい名古屋の可能性
『ナゴヤ2030(桜山社)』では、社長や研究者、タレントなど、名古屋に関する32人の識者にインタビューしていますよね。 人選はどのようにして決まったのでしょうか? |
ジャンルに偏りがないよう、街づくりや観光、文化、エンタメなどさまざまな分野で活躍されている方にご協力いただきました。 「学生や新社会人といった若い方にも読んでもらいたい」という思いがあったので、ジブリパークやどまつり、アイドルなど身近に感じてもらえるテーマも取り上げています。 |
若い方に向けてということであれば、中京テレビアナウンサー・恩田千佐子さんの話も印象的でした。産休・育休や女性の社会進出の話など、これから働く上で参考になるのではないでしょうか。 私はこの本を読んで、学生の方には企業研究としても使えるのでは?と感じました。 |
水野さんが言うよう企業や事業の紹介本の側面もあるので、学生には「名古屋でこんなことができるんだ!」といった発見の材料として使ってもらうのも良いと思います。 私も以前は神奈川で働いていましたが、同じように一度名古屋を離れて県外で働いて、また名古屋に戻ってUターン就職したい人にも読んでもらいたいですね。 一度地元を離れたからこそ気づける名古屋の良さが見つかると思います。 |
「何かしたいからまずは東京に!」ではなく、「名古屋で夢を叶えられる!」という気づきのきっかけになってほしいですね。 |
そうですね。ものづくりで有名な名古屋ですが、それ以外の活路もたくさんあるんです。 「リニアをきっかけに先進モビリティの先進都市に!」「世界をけん引する防災都市になる!」など、本書ではさまざまな切り口で“名古屋だからできること”を語っているので、地元の方もそうでない方にもぜひ読んでいただきたいです。 |
2.『ナゴヤ2030』の取材で見えてきた名古屋の未来とは
脱 “魅力のない街”!名古屋の魅力を再発見
ここからは、『ナゴヤ2030(桜山社)』でどんなことが語られているか、さらに深堀して聞いていきたいと思います。 「ナゴヤ ドリームプラン検討会」という副題の通り、インタビュイーの夢や展望が語られていますよね。この本を読んで私はすごく前向きに名古屋という街を捉えることができました。 |
そう言ってもらえるとうれしいです。 この本では32名に夢を語っていただいて、視点や切り口もさまざま。例えば、有松絞りの職人である大須賀彩さんは、夢の一つに「若い職人の増加」を挙げています。伝統工芸の分野において女性職人の数は決して多くありません。それゆえの苦労があり、それを乗り越えた経験がある彼女だからこそ、自身をモデルケースに夢を掲げているのでしょう。 そういったエピソードから、語り手の夢に読者が共感したり、「こんな活動をしているのか!」と名古屋の魅力を再確認したり。 本の行間から語り手の人柄を感じてもらえたらうれしいですね。 |
私個人としては、本屋&ギャラリー「ON READING」さんの話が興味深かったです! 本が売れない時代にどうやって本を売るのかや、勢いで店をつくることは悪いばかりではないなど、「なるほど!」と頷ける話題ばかりでした。本が好きな人、本屋さんが好きな人はとくに読んでほしいです。 江草さんがとくに印象的だった話題はありますか? |
名古屋市役所の新庁舎の話ですかね。 デザイナーの山下泰樹さんにインタビューをして、名古屋市役所のリニューアル案を語ってもらいました。 「市役所の庁舎機能をすべて地下に配置して、地上は公園にして市民の集いの場に」といったアイデアは一見斬新なだけに見えますが、きちんと理にかなっています。本の中で詳しく解説しているので、ぜひ読んでもらいたいですね。 海外ではこうした遊びごころのある庁舎は決して珍しくないそうで、本当に実現できたらすごく面白いと思いました。 |
たしかに掲載されているイラストイメージを見るだけでワクワクしました! そうなると、江草さんは名古屋の未来や夢の実現において、やはり高度な技術力が重要になるとお考えですか? |
それはもちろんですが、一方で私が青春時代を過ごした90年代の時代が少し恋しくなることがあるんです。 便利な世の中になっていく過程で、淘汰されてしまうものもある。昔ながらの商店街や個人店が少なくなっていくのはやっぱりさみしいですよね。 だから、ある意味で少し不便な古き良き時代の遺産や面影が2030年にも残っているといいな、と。 |
江草さんのおっしゃることはすごく共感できるのですが、そういった古き良き時代は、10年後の名古屋とどのように関連していくのでしょうか? |
例えば、今年の2月金山の沢上商店街にオープンした「TOUTEN BOOKSTORE」という本屋さんは、店長の古賀詩穂子さんの情熱と、資金面ではクラウドファンディングによって開業に至りました。商店街の衰退が進む中、クラウドファンディングという最新の資金調達システムによって、新しい店が誕生する。 そうやって誕生した店が、まさに私が待ち望んでいた本屋さんでした。子どものころに通った記憶が蘇るような“町の本屋さん”そのものだったんです。 このような昔からあるものと今をつなぐ仕組みが、10年後さらに加速していたら面白いと思いますね。 |
なるほど! 『ナゴヤ2030(桜山社)』は、コロナ禍での発売になりましたが、コロナを経験して人と人とのふれあいの価値を再認識したのは間違いないですもんね。 効率化や利便性だけを考えるのではなく、顔と顔を合わせるようなアナログ的要素が評価される時代が到来すると? |
もちろん私もそうであってほしいですし、そうあるべきだとも思います。 私の仕事においてもすごく大切にしている部分なので。 |
3.著者の軌跡を未来に残すために
相手の顔を思い浮かべながら手紙で想いを伝える
先ほど、人とのつながりやコミュニケーションを大事にされているとありましたが、改めてお仕事をする上で大切にされていることを教えていただけますか? |
「今を自分らしく全力で生きている人の想いを大切にします」。 この言葉を大切に、作者や読者はもちろん、桜山社に関わるすべての人に対して、真摯に向き合うように意識しています。 昨今は本当に便利な世の中ですが、やっぱり最後は人ではないでしょうか。書き手の有名無名は関係なくその人の個性や心根に惹かれることがきっかけになり、そこからスタートします。 だから、『ナゴヤ2030(桜山社)』も名古屋の未来を語る本ではありますが、人に焦点を当てて、人の想いに共感してもらいたいと思っています。 |
桜山社の既刊も、きっと著者の生き様や想いがたくさん詰め込まれているのですね。 |
まずはその人のことを調べて、お手紙を書いて依頼するところからスタートしますね。 2019年に出版した『スタートラインに続く日々(桜山社/今村彩子)』の場合は、著者が映画監督ということで、彼女がつくった映画を観たり、彼女が載っているインタビュー記事を読んだりしました。その上で「まずはお会いいただけませんか?」といった手紙を送りました。 実際に彼女に依頼をしたのは2017年で、まだ桜山社を立ち上げて2年ほど。そういったタイミングでしたので、ひとり出版社であることを伝える自己紹介からスタートし、最終的に執筆のお願いをする。そんな流れですね。 今村監督は生まれつき耳が聞こえないため、手話も少し勉強して、初対面では手話であいさつをしました。 |
お話を聞いていると、すごく丁寧に依頼をされている印象があります。 電話やメールではなく手紙を選ぶのには、意図があるのでしょうか? |
電話やメールで依頼することもないことはないですが、社の歴史も浅いですし、そもそも無名な社ですから「桜山社って何?」となってしまう場合がほとんどです。知らない会社の知らない人だから、なかなか会ってもらえないんですよ。 だからできるだけ相手について十分調べてから、著者への想いをつづります。そして、自分がどんな人間かを知ってもらう。 条件面などで大手には勝てない部分もあるため、桜山社だからできること。それこそ書き手との相性もあるんでしょうが、人と人の距離や、寄り添う心などを大切に伝えるようにしています。執筆依頼は本当に難しいです。 |
感情が伝わる分、時間もかかるし正直効率的ではない部分もありますよね…。 それでも手紙にこだわるのはなぜですか? |
手紙を書くことが手間だと思わないからでしょうか。サラリーマン時代に上司から、“受注をもらったらハガキでお礼を伝えること”を教わりました。さらに、経理に確認し、入金があった段階でもお礼のハガキを書いていました。そこから手紙を書くことが、ある意味で習慣になっているのかもしれません。 当時、手紙を書くために初任給で購入したモンブランのボールペンは今でも使用しているんですよ。 あとは、いろいろなことが便利になっている世の中だからこそ、手書きのものは筆跡から相手が私のことを想像しやすいですし、印象にも残りやすいというのも理由の一つですかね。 |
書き手が納得した上で本は完成する
制作のスタートの段階から、著者と真摯に向き合っているんですね。 人と人の結びつきを意識されるようになったきっかけが過去にあったのでしょうか? |
新聞記者をしていた時代に、人にスポットを当てた連載記事を担当していました。そのとき累計100名ほどに取材した経験は自分の中で核になっていますね。 中でも印象に残っているのは、100歳になられた画家の方を取材したこと。記事は無事紙面で公開されましたが、しばらくして画家の訃報を知らされました。 そのとき、「生い立ちをつづった書籍や作品集があれば、もっと後世にその方が伝わったのに…」と強く思って、そういった人の想いや生きてきた証を残したいといった気持ちが、今の出版社での仕事につながっているんだと思います。 |
新聞記者時代の経験が今に生かされているんですね。 『ナゴヤ2030(桜山社)』にも載っている、「時間がかかってでもいいので、丁寧に一冊を読者に届けていきたいと思っている」という言葉もこうした経験からの想いでしょうか? |
そうですね。あと、情報会社を退職した後に本を2冊出版した経験があるんです。そのときはもっと規模の大きな会社を通じての出版だったのですが、自分の著書なのにタイトルを勝手に決められていて(笑)。 タイトルはまだしも、いろいろと脚色をされている箇所もありました。無名な著者なので本を売るためには仕方のないことかもしれませんが、相談してほしかったですね…。 そんな経験もあって、「せっかく一人で出版社をやっているのだから、何事においても著者とじっくり向き合おう」と常々思っています。 |
だからこそ双方が納得できる本ができあがるんですね。 |
最終的には読者に届きますが、その前段として書き手が納得した上で出版をしたいと思っています。 だから、タイトルも装丁案をいくつか出してちゃんと見てもらったり、原稿出しやコピーなども逐一確認してもらったりして進めていきます。 書き手が大切に想いを込めた本だからこそ、読者も大切にしてくれる。そんな気持ちで本づくりをしています。 |
4.終わりに
これは桜山社のHPに記されている江草さんの自社への想いです。
今回のインタビューでは、その想いの一端にふれ、情熱を燃やして本づくりに励む江草さんの姿を垣間見ることができました。江草さんの本に対する想いは、今年編集プロダクションでありながら出版活動をスタートした私たちにとって、胸を打つものばかり。江草さんの言葉を受け、より一層真摯に活動を続けたいと強く思いました。
皆さんもぜひ桜山社の書籍を手に取って、著者の想い、そして江草さんの想いにふれてみてください。
¥1,650
発行/桜山社
写真=山本 章貴
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