2021.04.06 Tue
『自分の薬をつくる(晶文社・坂口恭平)』/ 誰にも言えない悩みをみんなで話してみたら…!? 自分の薬を作って、自分らしく生きる方法
「死にたいと思ったとき」に誰でも無料で相談できる電話サービス、「いのっちの電話」を2012年にひとりで立ち上げ、自らの携帯番号を公開している坂口恭平さん。
これまでに2万人近くの声を聞き、“ある確信”をもつようになった彼は、2019年に“皆で皆の悩みを聞く”ワークショップを行いました。その様子を紙上で体験できるのが本書です。
なぜ電話をかけた人は気持ちが楽になり、元気になれるのか?みんなの「悩み」に対して強い効果がある、「自分でつくる薬」とは何なのか?
そして、「いのっちの電話」をみんながいる場所で行うと、いったい何が起こったのか―!?
さあ、「坂口医院0円診察室」をのぞいてみましょう。
この記事のライター/大塚亜依(ライター・編集者) 約8年間エディマートに勤めた後、フリーのライター・編集者に。東京のワタリウム美術館で2012年から2013年に行われた「坂口恭平・新政府展」をみて、そのユニークさとパワーにひたすら圧倒され、坂口恭平の名がしっかり胸に刻まれる。悩み相談本が好きでつい買ってしまう。最近読んで元気をもらったのは『鴻上尚史のほがらか人生相談』『33の悩みと答えの深い森。ほぼ日「はたらきたい展2」の本』 |
目次
1.「死にたいと思ったとき」に誰でもかけられる!坂口さんが続ける「いのっちの電話」とは?
携帯電話の番号「090-8106-4666」が大きく帯に記された、一冊の新書。坂口恭平さんによる『苦しい時は電話して』を書店で目にした私は、迷わず買い求め、一気に最後まで読みました。
「死にたいと思ったとき」に誰でも無料で受け付ける電話サービス「いのっちの電話」を、もう10年近く続けている坂口さん。その目的は「自殺者をゼロにする」こと。
「年間2万人以上が自ら命を絶っているこの日本で、そんなことに取り組んでいる人がいるんだ!しかもたった一人で!」
「いのっちの電話」の活動や坂口さんの考えが記されたその本を読んで、衝撃を受けました。
坂口恭平さんの活動は実に多彩です。大学時代から路上生活者へのインタビューと観察を始め、写真集『0円ハウス』を刊行し注目を集めます。
2011年3月に発生した東日本大震災では、福島第一原子力発電所事故後の政府の対応に疑問を抱き、自ら新政府初代内閣総理大臣を名乗り、新政府(!)を樹立(坂口さん著『独立国家のつくりかた(講談社現代新書)』に詳しいです)。これまでに25冊ほどの著書が出版されています。
第一作は写真集で、その後ルポルタージュも書けば、小説も書き、画集も作り、料理本まで制作。さらに歌も歌い、アルバムも数枚出ています。
さらに編み物、織物、吹きガラス、陶芸など、気の向くままに何でもやり、それらすべてをアート作品として美術館やギャラリーで展示。本人いわく、自分の仕事は「つくること全般」なのだとか。
そして、自ら躁うつ病(双極性障害Ⅱ型)であることを公言しています。自分にも「死にたい」時期が幾度となく訪れ、何とか乗り切って生き延びているのだと。「いのっちの電話」は、そんな自分のためにやっているものでもあるのだとか。
坂口さん自身、薬を飲んでいた時期も長かったそうですが、今は飲んでいないそうです。なぜなら、自分で“自分の薬”をつくることができたから…!
「いのっちの電話」では、日々どのようなやりとりが行われているのでしょうか…?
これまでに2万人近くの声を聞いてきた坂口さんが、2019年に開催した“皆で皆の悩みを聞く”ワークショップ。坂口さんが1日だけ「医者」になり、「患者」となってもらった24名の参加者一人ひとりと対話しました。
そして、みんなでみんなの話を聞きながら、その人に合う薬を処方する。その薬が、不思議と気持ちを楽にし、元気を取り戻すきっかけになっていくのです。
はたして、その“薬”とは一体どんなものなのでしょうか!?
2.悩んだときは「つくる」ときで、「薬」とは「日課」のこと
「いのっちの電話」にかけてくる人のほとんどが、「好奇心がなくなった」「関心がなくなった」「興味がなくなった」など、決まって吐露する口癖があるのだとか。
ここで、参加者との対話を通じて、坂口さんが作った処方箋を見てみましょう。
(五人目)
渡士結奈 25歳
症状:過食が治らない。
理由:一人でいることが寂しいのかもしれない。強いストレスを楽にさせるために食べている可能性がある。
対策:自炊をしてみましょう。絵を描くことが好きなんだから、毎食作ったものを絵にして、かわいい料理日記をつけてみましょう。
坂口さん自身の経験を踏まえ、無理なく三食自炊する方法を提示。そして、「料理日記をつけること」をすすめます。
これを丸1か月試し、その日記をメールで送ってほしいと課題を出すのです。
(十七人目)
児玉利行 28歳
症状:好奇心がなくなって、好きなものがわからない。
理由:インプットが飽和して、アウトプットの時期に来ているのかもしれません。
対策:自分が欲しいと思うもの、彼の場合では白シャツ、それを自分で作ってみる。
自分の洋服屋を持ちたいと思っていたが、今は興味がなくなり好きなものを見失っているという児玉さんには、「白シャツを作ること」を提案。
予算内で白シャツの設計や具体的な発注計画を立て、まずは見積書を作り坂口さんに送るように伝えます。さらに、1日1時間と決めて取り組み、2週間後に14時間かけて企画書を書くという課題を渡しました。
以上のように、“自分の薬”とは、何かを作ることを中心とした「日課」で、それを続けることによって体を変化させていくこと。“自分の薬をつくる”とは、「自分の日課をつくり出して毎日実行する」ことだったのです。
その行動自体が、その人にとってのアウトプットになり、危機を救うのではないかと坂口さんは考えます。なぜなら坂口さん自身もそうだったから。
自分自身について「日課のマニア」と称する坂口さん。午前4時に起床してから午後9時の就寝まで、自分で決めた日課に沿って日々を過ごしています。早朝から5時間の執筆(必ず毎日10枚書き上げることが1番の“薬”だそう)を軸に、散歩、掃除、洗い物、自炊、行きつけの書店で店主と話す、アトリエで絵を描く、2度の休憩など。
試行錯誤をしながら作り上げた日課は、今のところ坂口さんにとってベストな“薬”になっていると言います。
坂口さんがもうひとつ大事にしているのは、やりたくないことはしないこと。打ち上げや飲み会には行かない、知らない人とは会わない、頼まれて仕事をするのは好きではないので、基本的に信頼している人以外の依頼は断るなど…。
「やりたくないことをすべてしないでいる」というのはなかなか難しいことに思えますが、坂口さんは実行しています。
「そんなことができるのは才能に恵まれているから」という考え方もあるでしょう。
しかし彼にとって、それは“死なないで生きるためにどうしても必要なこと”なのです。坂口さんはそうできる状況に身を置くために、長いあいだ考え続け、実践してきました。
本書は、「過剰なエネルギーと生きづらさを抱えた坂口恭平という一人の人間が、自分で薬を作って、自分の病を治していった記録」にもなっています。
何度「死にたい」という考えにとらわれても、対処法をコツコツと生み出し、生き続けることを決してあきらめない態度が胸を打ちます。そして、自分だって本気で望んで考えて行動することで、自分の居たい世界を自分で作れるのかもしれない、と勇気づけられます。
そして、次第に自分の薬を自分で作りたくなってくるのです。
3.誰もが同じことで悩んでいる。死にたいときは「声」を出すべし
“皆で皆の悩みを聞く”ワークショップでは、診察が進むにつれて興味深い現象が起き始めます。それは、「悩みがなくなりました」という参加者が何人も現れたことです。
その理由のほとんどは、ほかのみんなも同じことを悩んでいるとわかったからでした。
坂口さんは、「いのっちの電話」で2万人近くの声を聞いてきて、自分が感じていたのも同じことだと話します。 そして、ひとつとしてその人独自の悩みはなく、結論はすべて“自分を否定していた”ということ。
相談者のほとんどが悩んでいることを恥ずかしがって、誰にも相談できずにいる。だからこそ、みんなでみんなの悩みを聞くこのような場を作ってみたかったのだと、坂口さんは言います。
私はこれこれができない、私はダメだ、といった「不可能についてのインプット」はみな同じ。その理由は、「両親に言われた」「友達に言われた」「インターネットで調べて自分がダメだと思った」といった具合に、他者の声を元にして作り上げているからなのではと坂口さんは考えます。
でも細かくたずねていくと、誰でも興味があることがちゃんと出てくる。そして、可能性を感じることについては、自分の興味から始まっているゆえ自らインプットしている。だから、「これができるかもしれない」という“アウトプットについての声”はそれぞれ全く違ってくる―。
私たちにとって、この“声”こそが最良の“薬”なのだと、坂口さんは断言します。 そして、死にたくなったときはアウトプットするとき、つまり「創造しようという準備段階」なのだと…!
このアウトプットについて、坂口さんは「適当に、思いついたままに、気楽にやってみるのがいい」のだと強調します。ただの娯楽として、人に見せることは考えずにルールは無視して、深刻に考えずに。 自分のアウトプットとは、つまり「作りたいもの」「好きなこと」「やりたいこと(そして、やりたくないこと)」。それをきちんと知ることは、自分を知るということにもなります。
これは、誰にとってもいつかは本気で向き合わなくてはならない、“人生の大きな宿題”なのではないでしょうか。
「死にたくなったとき」は、その宿題に取り組むチャンスなのかもしれません。
それは決して難しいものではなく、自分だけの楽しみとして取り組めばいい、軽やかな挑戦なのです。うだうだ考えずに心の向くままに、まずはやってみればいいのです。
そして、思い切って信頼できる誰かに胸の内を話せたのなら、きっと心も楽になれるはず。自分で自分の薬を処方できれば、さらにすばらしいですね。
もしそれができなくても、「いのっちの電話」があります。電話をかけた先には、必ず話を聞いてくれる人がいます。何度かけたってかまいません。アウトプットしたものは企画書でも作品でも、送れば見てくれます。望めば、友達にだってなってくれます。
どうしてそこまでしてくれるのかと言うと、「いのっちの電話」こそ、並外れた愛とパワーをもった坂口さんのアウトプット。つまり、創造行為そのものだからです。
この本を読めば、きっとそのことがよく分かるはず。坂口さんにとって、一人ひとりとのやり取りが作品なのだと思います。
だから遠慮はいりません。どうすればいいかわからなくなったときは、「090-8106-4666」へ電話を。私もそうするつもりです。
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