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2021.05.10 Mon

本の紹介

作家・太田忠司さんが選ぶ5冊の本┃読み手を小説世界に引き込む名作にふれて「若い読者に薦めたいミステリー短編集」

太田忠司

人生で特別な5冊を紹介してもらう連載企画「5冊の本」。

第9回目となる今回、お話を伺ったのは、作家の太田忠司さん。

1990年に『僕の殺人(講談社文庫、現在は徳間文庫から復刊)』でデビュー以来、これまでに100を超える作品を世に送りだしています。

今年で作家生活31周年を迎えた太田さんですが、デビューのきっかけは大学在学中に「星新一ショートショート・コンテスト」優秀作を受賞したこと。以降も多くの短編作品を手がけています。

そんな太田さんに今回は「若い読者に薦めたいミステリー短編集」をテーマに5冊の本を選んでもらいました。

ミステリー小説になじみのない方でも知っている名作から、若手作家の最新作までを網羅した太田さんの選書本。5冊のセレクト理由を「最初に読むのは良い作品であるべきだから」とずばり断言します。

さて、どんな作品が登場するのでしょうか。

選者
作家
太田忠司

愛知県出身。本格ミステリ作家クラブ事務局長。これまでの著作数は100作以上に及び、2021年4月には新刊『麻倉玲一は信頼できない語り手 (徳間文庫)』を発売した。(HPTwitter


水野史恵

この記事のライター/水野史恵(エディマート)

エディマートに所属し、編集や執筆の業務を担当。情報誌や観光ガイドブック、新聞記事などを制作している。生まれも育ちも愛知県。このインタビューをきっかけに、昔読んだミステリー小説を再読し楽しんでいる。

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1.名作と呼ばれる所以を紐解く

太田さんは学生のころからミステリー小説を好んで読んでいたそうですが、デビューする前と後では読書生活も変わり、「読む本すべてがライバル」と捉えるようになったと話します。

一方で、小説を愛する気持ちは今も変わらず、読書の中心になっているのは他でもないミステリー作品。

今回、あえて短編集をテーマにしたのも、「読書になじみのない方が興味を持ったとき、手に取りやすいように」という配慮からでした。

ミステリー小説の魅力を多くの人に伝えたい」。そう話す太田さんが最初に紹介してくれたのが、「シャーロック・ホームズの冒険(光文社文庫/アーサー・コナン・ドイル)です。

シャーロック・ホームズの冒険(光文社文庫/アーサー・コナン・ドイル)

シャーロックホームズの冒険

世界一有名な探偵シャーロック・ホームズと、その相棒ワトソン。彼らが数々の難事件を解決していくシャーロック・ホームズシリーズの短編集のうち、最初に刊行されのが『シャーロック・ホームズの冒険(光文社文庫/アーサー・コナン・ドイル)』です。

19世紀末に誕生し、今なお世界中に熱狂的なファンを持つシャーロック・ホームズシリーズ。その魅力について太田さんは「娯楽小説の原点であり至高」だと話します。

ミステリーを含めたあらゆる娯楽が集約された、まさに原点といえる作品ですね。いまだに新作の映像化があるというのは、今のエンタメに置き換えても面白いということ。どんな設定にしても“ホームズ”と“ワトソン”がいれば、成り立ってしまうのがすごいんですよね」と太田さん。

“超人的な推理で真相を解明する探偵と、その姿を読者目線で語る相棒”という鉄板フォーマットは、ミステリー小説の定番の設定として現在でも多くの作品で使われるほど。加えて、ホームズとワトソン、それぞれが魅力的なキャラクターであるため、同じフォーマットでありながら飽きることなく楽しむことができます。

太田忠司

数あるホームズ作品の中でも、『シャーロック・ホームズの冒険(光文社文庫/アーサー・コナン・ドイル)』を選んだ理由について、「ベストセラーの1作目はどれも名作ばかりだから、どの話を読んでも面白いと思えるはず」と言い切る太田さん。

そんな本書に収録された12の短編の中でも、とくにお気に入りの作品について伺いました。

「あえて一作挙げるなら、『赤毛組合』かな。赤毛組合はホワットダニット(What done it)、つまり“何が起きてるかわからない”を解く話なんです。何が起きているかわからないから、事件の全貌が把握できないまま話が進んでいく。そして謎が解けたとき、『実はこういうことだったのか!』と驚き、スッキリとした読了感を味わえます」と話してくれました。

実際にこの作品の中で用いられたテクニックは、“赤毛トリック”と呼ばれ、現在のミステリー作品でもよく目にする、あるトリックの元になっているそうです。

何が起きているかわからない中、どんなトリックが用いられているのか。ぜひ本編を読んで体感してください。

シャーロック・ホームズの冒険

¥922
発行/光文社文庫
著者/

続いて紹介してくれたのは、日本におけるミステリー基礎をつくった巨匠の作品です。

『江戸川乱歩傑作選(新潮文庫/江戸川乱歩)

江戸川乱歩

日本における本格推理、ホラー小説の草分け的存在である乱歩。多くの人は江戸川乱歩の作品について、“エログロナンセンス”といったイメージを持っているのではないでしょうか。かく言う私もその一人でした。

しかし、太田さんは江戸川乱歩の凄みについて、“新しさ”にあると話します。

「乱歩は“怪奇幻想でエログロ”という作品を読者に求められていたのは確かです。しかし、デビュー当時の乱歩は何よりもすごく新しい存在であったんだろうと思います」と話す太田さん。

続けて「この『江戸川乱歩傑作選(新潮文庫/江戸川乱歩)』に収録されている『心理試験』では当時、新しいとされていた心理学を取り入れています。ほかにも当時の最新テクノロジーの要素を入れた話もあったりして、とにかく新しい知見を乱歩は取り入れていた」と教えてくれました。

江戸川乱歩は犯罪と心理学の関係について、深く研究していたそうです。それをとくに色濃く感じられる作品が太田さんが紹介してくれた『心理実験』。本書のテーマになっているのが、単語への反応を検査するミュンスターベルヒの心理試験であり、作中でも心理テストを行うシーンが描かれています

「この作品が初めて世に送り出されたとき、『なんて新しくて斬新なんだ!』と当時の読者は感じたのではないでしょうか。一方で、新しいだけであれば、それがいつしか普通になってしまい消えてゆく。しかし、乱歩は新しさだけでなくノスタルジーを作品にのせていた。それが類のない作家である所以なんだと思います」。

江戸川乱歩は生前からすでに、作品に懐かしさを意図的にまとわせていたと話す太田さん。その懐かしさは、“乱歩らしさ”の一つだと当時から評判だったのではないでしょうか。

「乱歩が何年か断筆をして、『陰獣(江戸川乱歩文庫)』という作品を発表したとき、『懐かしの乱歩が帰ってきた!』といった宣伝文句とともに売り出されたそうです。おそらくこの頃から古典のように扱われていたんでしょう」。

そう太田さんが話すように、江戸川乱歩の作品は当時から好評を博しており、現在でも変わらず多くの支持を得ています。

中でも『江戸川乱歩傑作選(新潮文庫/江戸川乱歩)』は「傑作選という名にふさわしい一冊に仕上がっている」と言う太田さん。『芋虫』『人間椅子』などの有名作品も収録されており、まさに江戸川乱歩の世界への第一歩に相応しい一冊でしょう。

作品ごとに異なる魅力を持った江戸川乱歩の短編たち。時代背景の古さなど忘れてしまうほど、その作品に浸ることができるはずです。

江戸川乱歩傑作選

¥649
発行/新潮文庫
著者/江戸川乱歩

2.海外古典ミステリーの傑作

日本と海外を代表するミステリーの名作を紹介してくれた太田さん。しかし、ミステリーにあまりふれたことがなくとも、江戸川乱歩とシャーロック・ホームズは読んだことがある、という方も多いのではないでしょうか。

これから紹介する海外ミステリー作品は、江戸川乱歩やシャーロック・ホームズほどの知名度はありませんが、太田さん自信を持って薦めてくれた作品たちです

『招かれざる客たちのビュッフェ(創元推理文庫/クリスチアナ・ブランド

招かれざる客たちのビュッフェ

この作品を読んでいると言えば、ミステリー通と一目置かれるかもしません」。

そう言って紹介してくれたのは、『招かれざる客たちのビュッフェ(クリスチアナ・ブランド/創元推理文庫 )』です。

英国ミステリー界の重鎮、クリスチアナ・ブランドのオールタイムベストとも呼ばれる本書。人間の悪意をまざまざと見せつけるブラックユーモアに満ちあふれた16の作品を、ビュッフェコースに見立て構成しています

太田さんは『招かれざる客たちのビュッフェ(クリスチアナ・ブランド/創元推理文庫 )』について「大前提として、本格ミステリーとしての仕掛けがすごくしっかりしている。その上で意地悪なところが魅力的」と評します。

そのため読了感が良い作品ばかりではありませんが、それがある種の余韻となり、独特の世界観の虜になる…。それが、本書の醍醐味と言えるでしょう。

太田忠司

16の短編のうち、格別の面白さと太田さんが話すのが『ジェミニークリケット事件』です。

あらすじ 青年ジェイルズが老人に語りだしたのは、かつて自分を育ててくれた弁護士ジェミニー・クリケットが被害者となった痛ましい密室殺人の顛末だった。事件の謎を深めるのは、死を前にした彼が警察への助けを求める電話で発した不可解な言葉とその一時間後に同じメッセージを残して死体となって発見された巡査…。謎の核心に迫る二人の対話はやがて、すべてを覆すような結末へと続いていく。(以上、『完全版 密室ミステリの迷宮(有栖川有栖/洋泉社MOOK)』より引用)

本作では、一つの謎に対して仮説を多く並べるミステリー手法が用いられており、それが読者を惑わせ、より物語の世界に引き込んでいきます。そして、あらゆる描写や会話が伏線として使われ、最後には衝撃の結末が待ち受けているのです。

「密室殺人の謎も魅力的だし、そのトリックも独創的。そして、ラストはああいう結末で終わらせるのか、という面白さもある」と太田さん。続けて、「本格ミステリーの短編の中でもベスト10に入る作品だと思いますね」と太鼓判を押してくれました。

招かれざる客たちのビュッフェ(クリスチアナ・ブランド/創元推理文庫 )』において、『ジェミニークリケット事件』はフランス料理のアントレ、つまりメインディッシュと位置付けられています。

順番は問わず気になった作品から読んでみる。本書におけるメインディッシュから読むこともできる。そんな楽しみ方ができるのも短編ならではと言えるのではないでしょうか。

招かれざる客たちのビュッフェ

¥1,320
発行/創元推理文庫
筆者/クリスチアナ・ブランド

次に紹介してくれた作品は『黒後家蜘蛛の会1(アイザック・アシモフ/創元推理文庫)』。SF作家としても著名なアイザック・アシモフがミステリーの分野でも遺した名作です。

『黒後家蜘蛛の会1(創元推理文庫/アイザック・アシモフ

黒後家蜘蛛の会

弁護士、暗号専門家、作家、化学者、画家、数学者の6人からなる「黒後家蜘蛛の会」は、月に一度晩餐会を開くのが恒例。会のたびにゲストが謎を持ち込み、メンバーは探偵さながらの推理をはじめます。しかし結論は出ず、行き詰まったところで傍らに控える給仕のヘンリーが登場。鮮やかに謎を解いていくのでした。

黒後家蜘蛛の会1(アイザック・アシモフ/創元推理文庫)』は全5巻が発売されており、この設定はシリーズを通じて変わることはありません。つまり、決まってヘンリーが華麗に謎を解くのがお決まりになっています

そんな『黒後家蜘蛛の会1(アイザック・アシモフ/創元推理文庫)』について、「マンネリズムの楽しさ、快感にあふれている」と話す太田さん。

マンネリと言うとネガティブなイメージがつきまといますが、小説の世界ではそうとも言い切れないと言います。

「水戸黄門が印籠を出す、遠山の金さんが片肌脱いで刺青を見せる…。人気のシリーズ物には必ずお決まりがあるんです。本書においてはヘンリーの謎解きがその役割を果たしていて、『皆様、ひとつ、よろしゅうございますか?』とおなじみの台詞が登場すると、『きたきた!』と期待感が膨らむ」と太田さんは説いてくれました。

机,手,書籍

「いつもいつも新しいものばっかりではなくて、マンネリの中で話自体が面白いわけですから、飽きずにみなついて来られる。本書も古典中の古典にもかかわらず、現在でもどんどん改版されて売れているのは、それだけこのマンネリを求めている人が変わらずいるということですよね」と太田さん。

一方で、面白いマンネリをつくり出すことは、作家のスキルが必要という話も。

「シリーズものはマンネリを免れないんですよ。同じパターンになっていく中でどれだけ面白がったものができるかどうか。全然違うことやっても『いや、これは違うじゃん!』と読者が感じてしまう。このシリーズでやるべきことではないということですよね。マンネリの中で新作を生み出すのは苦しい。本書の解説にも書きましたが、マンネリだと分かっていて書き続けるのは本当に大変です」と、シリーズ作品を多く手がけてきた太田さんだからこそ分かる苦労を教えてくれました。

太田さんは実際に『黒後家蜘蛛の会1(アイザック・アシモフ/創元推理文庫)』の解説を書かれており、本書の巻末を読むとよりマンネリズムについて理解を深めることができるでしょう。

苦慮の末にアイザック・アシモフが生み出したであろう、飽きずに楽しめるマンネリを、本書を読んで堪能してください。

黒後家蜘蛛の会1

¥968
発行/創元推理文庫
著者/アイザック・アシモフ

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3.若手実力派が描く哀愁漂う物語

最後に紹介してくれたのは、2017年にデビューをした櫻田智也さんの2作目となる作品、『蝉かえる(東京創元社/櫻田智也)』でした。

蝉かえる(東京創元社/櫻田智也)』

蝉かえる

「著者のデビュー作をたまたま読んでいたんですがすごく面白くって、2作目である『蝉かえる(東京創元社/櫻田智也)』を手に取りました。期待に違わず面白かったですね」。

本書の主人公は、“とぼけた切れ者”名探偵である、昆虫好きの青年・エリ沢泉(「エリ」は「魚」偏に「入」)。彼が解く虫にまつわる事件の真相はいつも、人間の悲しみや愛おしさ、慈しみを秘めているのでした。

そんなエリ沢をはじめとした、登場人物の人柄が物語を通じて伝わってくる点が本書の魅力。それは犯人や事件関係者であっても同じです。謎を解明するのが終着ではなく、謎の背景を読者に味わせてくれるのです

「本書の物語はどれも、読んだあとにただ面白かったで済まないんですよね。読んだ人間が、かなり重いものを背負わされる。物語自体は非常に読みやすくて、主人公もひょうひょうとしていてユーモアが活きているのに。このギャップが作品に引き付けられる理由の一つかなと思います」と太田さんは話します。

太田忠司

蝉かえる(東京創元社/櫻田智也)』はいわゆる連作短編と呼ばれる作品で、短編集全体を通して作品がつながりを持っています。実際に本書でも主人公の精神的な成長が見られたり、「なぜ彼が悲しいくらい優しい名探偵になったのか?」が描かれていたりしており、一冊を通じて読むことで、より作品に対して理解を深めることができます

短編集としながら一つの長編のような読み方ができますよね。実際の長編だと初めから終わりまでが一つの流れになっているので、外出先でさっと読むのは不向きであったりします。でも連作であれば、長編のようなつながりは持ちつつも、話は一話ずつ区切られているので、時間や場所を問わない読みやすさがある」と連作短編の良さを話してくれました。

読書やミステリーにあまりなじみのない読者にとって、そういった手軽さが読書に対するハードルを下げてくれるのではないでしょうか。

各話に少しずつリンクする部分があったり、ラストにすべてが明らかになる満足感を感じられたりする連作短編ならではの読後感を楽しんでみてください。

蝉かえる

¥1,760
発行/東京創元社
著者/櫻田智也

4.終わりに

書籍

作家として30年以上のキャリアを持つ太田さんですが幼少期や小学生時代はほとんど読書経験がなかったと話します

「実はね、子どものころは全然本を読まなかったんですよ。児童文学はおろか漫画すらも読む習慣がなかった。けれど、中学2年か3年のころにたまたま学校の図書室へ行って、そこで見かけた本を手に取って読んでみたらとても面白かった。小説の面白さに気づいてからは、ミステリーやSF小説を夢中になって読みましたね」。

「読書離れ」「活字離れ」といった言葉が世に蔓延する現在ですが、そんな読書経験を持つ太田さんだからこそ、とくに若い人に小説を読むきっかけを持ってほしいと望むようになったそうです。

冒頭でも「最初に読むのは良い作品であるべきだから」と太田さんが話していたように、今回の選書してもらった5冊はいずれもミステリー小説を好きになるきっかけをもたらしてくれる本たちです。

読書の習慣があまりない方も、まずは1話読んでみてはいかがでしょうか。きっとミステリー小説の世界に引き込まれるはずです。

写真=太田昌宏(スタジオアッシュ)/取材協力=喫茶モーニング

丨エディマートが運営するオンライン書店丨

 

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FUMIE MIZUNO

この記事の執筆者FUMIE MIZUNOクリエイティブ・ディレクター

大学卒業後、大手機械メーカーに就職。企画・広報業務を担当するなかで、自分自身で何かを作り上げたいという気持ちが芽生え、転職。2018年エディマートに入社する。学生時代はメディアプロデュースを専攻。テレビ番組や記事制作を通じて、「つくる」ことの楽しさを知り、編集の仕事に憧れを持つように。現在は主に雑誌や新聞の編集・ライター業務とオンライン書店「Emo Books」の運営を担当。食べることが大好きで、グルメ取材が何よりの楽しみ。女性アイドルと猫と野球をこよなく愛する編集者として日々奮闘中!

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