2021.05.20 Thu
『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』太田忠司インタビュー/“読者のために”つくられた、人情なごやめしミステリー
皆さんは名古屋の名物と言えば何を思い浮かべますか?
名古屋城やオアシス21などさまざまな名所もありますが、なごやめしは外せない存在ですよね。
そんな名古屋のソウルフード・なごやめしをテーマにしたミステリー短編連作小説『名古屋駅西 喫茶ユトリロ(ハルキ文庫)』シリーズ。2021年3月には第3巻となる『名古屋駅西 喫茶ユトリロ 龍くんは食べながら謎を解く(ハルキ文庫)』が発売になりました。
今回は『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』シリーズの作者である太田忠司さんにインタビュー。
『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』シリーズはタイトルにある通り、名古屋駅西にある喫茶店「ユトリロ」が舞台。常連さんたちが持ち込む、なごやめしにまつわる日常の謎を解いていくお話です。
ミステリー×なごやめしといった一見不思議な組み合わせ。
なぜ、なごやめしをテーマにした物語が生まれたのか…。その理由を紐解くことで、太田さんの作家としての真髄や自らの作品に対する思いが浮かび上がってきました。
¥726
発行/ハルキ文庫
著者/太田 忠司
¥726
発行/ハルキ文庫
著者/太田 忠司
愛知県出身。本格ミステリ作家クラブ事務局長。これまでの著作数は100作以上に及び、2021年4月には新刊『麻倉玲一は信頼できない語り手 (徳間文庫)』を発売した。(HP/Twitter)
この記事のライター/水野史恵(エディマート) エディマートに所属し、編集や執筆の業務を担当。情報誌や観光ガイドブック、新聞記事などを制作している。生まれも育ちも愛知県。好きなショートショート作家は星新一。 |
目次
1.勘違いからはじまった小説執筆
星新一の“悪魔のささやき”がデビューを目指すきっかけ!?
デビュー31周年おめでとうございます。今回は名古屋を舞台にした『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』シリーズの最新刊についてお話を伺わせていただきます! 本書はミステリー短編連作作品ですが、太田さんが初めて賞を受賞したのも短編作品なんですよね。 |
初めて応募したのは大学生のときです。ちょうど「星新一ショートショート・コンテスト」が始まり、第1回、第2回と応募しましたがダメ。3回目に優秀作を受賞することができました。ですから、受賞時はまだ学生でしたね。 |
学生時代に受賞されたのですね!すごい…! そもそも、どういった経緯で小説を書こうと思われたのでしょうか? |
実は執筆をはじめたきっかけは、“勘違い”からだったんですよ。 |
え、勘違いですか? |
自分の感覚としては、小説を読む人はみな、小説を書くものだと思っていたのです。つまり読者=作者という考えを持っていました。そんなふうに読むことと書くことが繋っていたので、高校生のころには自然と小説を執筆していましたね。 それを周りの人に話したら「えっ!?」と驚かれまして。どうやら私は勘違いをしていたようです(笑)。 |
ええ!そんな経緯で小説を書き始めたとは驚きです! 「星新一ショートショート・コンテスト」受賞をきっかけに本格的に小説家を目指されたと伺いましたが、はじめのうちはサラリーマンとして働きながら執筆されていたんですよね。 |
賞を受賞したとき、星さんにくぎを刺されたんです。 「これで、プロになれると思っちゃいけない。ショートショートでプロになるのは大変だし、小説家で食べていくことはものすごく大変なことだから。そんな甘い考えを持っちゃいけない」。 そういった言葉を授賞式でかけられたことを鮮明に覚えていますね。 |
学生だった太田さんに現実を突きつけるような言葉ですね…。 |
でもね、その話には続きがあって。 授賞式の二次会で初めてスナックに連れていかれたんですよ。タバコをくわえたら女性が火がつけてくれたり、席を外して戻ってくるとわざわざ立って待っててくれたり。そういった初体験をたくさんしました。 そこで「いや~、こんな経験生まれて初めてです」と受賞者の中の誰かが言ったときに、星さんがニヤっと笑って、「君、作家になったらこんなことを毎晩できるんだよ」なんて言ったんです。 まるで星新一の小説の世界のようでしょう?(笑) 思えば、この言葉をきっかけに、僕の人生が変わったのかもしれませんね。 |
すごい!いち星新一ファンとして、その光景を想像して興奮してしまいました!(笑) その後、1990年に初の長編ミステリ『僕の殺人(徳間文庫)』を刊行され、そこから専業作家になられたんですよね。 |
当時は、自動車の部品メーカーで働きながら執筆をしていたのですが、残業が月に160時間ぐらいあるような激務で。土日すらなかなか休めない中で、なんとか時間を確保しながら約2年間かけて執筆したのが『僕の殺人』でした。 これでデビューできなかったら、もう無理だからやめようと思っていましたが、なんとか出版までこぎ着けましたね。 書店に自分の本が並んだのは、「星新一ショートショート・コンテスト」を受賞して10年後のことでした。 |
2.いつか自分の作品を読んだことを思い出してくれたらうれしい
読者第一号に面白いと思ってもらえる作品をつくる
ここからは、新作の『名古屋駅西 喫茶ユトリロ 龍くんは食べながら謎を解く』の本編についてお伺いしたと思います。 |
この本をはじめ、太田さんは名古屋を舞台にした小説を多数執筆されていますよね。 何か思いがあってなのでしょうか? |
「なんで名古屋を舞台にした小説を書かれるのですか?」とよく聞かれますが、そのとき必ず聞き返すんです。 「なんで名古屋じゃいけないの?」って。 東京を舞台にした小説であれば、こんな質問はされないと思います。 |
ありがちな質問をしてしまいすみません…。 おっしゃる通り、東京の地名が出てくる小説はたくさんありますよね。 |
そう。例えば、吉祥寺や北千住だとか言われても、東京の人以外はイメージするのが難しい。でもそういった東京を舞台にした小説はいくらでもある。 だから、なぜ名古屋を舞台にするかというと、名古屋を知っているから。 自分が生まれ育ったよく知っている場所だから、それだけなんです。 |
私のような生まれも育ちも名古屋の人間からすると、太田さんの小説は自分の知っている街が出てくるので、確かに物語や場所の雰囲気を想像しやすかったです。 『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』シリーズは、名古屋の喫茶店に下宿している東京生まれの大学生・龍くんが、下宿先でお客さんから耳にした気になる事件を解決していく連作小説。 本シリーズの主役と言っても過言ではないのが、なごやめしですよね。 |
そうですね。 本書が誕生したきっかけは、担当の編集者さんからの「食べることをテーマにした小説が読みたい」といったリクエストからでした。 当時、私は名古屋の喫茶店をテーマにした小説を書きたいなと思っていたので、それを提案して、二人でアイデアを出し合っているときに、なごやめしをテーマに書いてみるのはどうだろうという話に。 そうして完成したのが、『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』シリーズ。名古屋を舞台に、なごやめしをたくさん登場させるというコンセプトでできあがりました。 |
はじめからコンセプトが決まっているのではなく、編集者さんと話し合いを重ねてつくりあげていくのですね。 |
打ち合わせをしているうちに、まとまってくることが多いですね。 まず、編集者さんから執筆のオーダーをもらったとき、どんな作品を書いてほしいのか聞き取り、その答えに対して自分の意見やアイデアを伝えます。 そのとき、編集者さんの希望に対して明確な回答が浮かばない場合は、現状で思いついてるネタをずらっと並べて、「どれにしよう?」と尋ねて、意向を伺いますね。 |
そうやって小説のコンセプトが固まってくるんですね! |
編集者さんが選んだネタに対して、「どうしてこれが面白いと思ったのか」を聞くと、その人が欲しがってるものが出てくる。 担当の編集者というのは、読者の第一号なんです。だからその編集者が面白いと思ってくれるものを書く。 『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』の一作目は、まさに編集者さんを面白がらせるために書いた作品でしたね。 |
目指すのは「楽しかった」だけでは済まない読了感
『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』シリーズの舞台になっている喫茶店は、実在していると伺いました。 |
名古屋駅西にある「喫茶すず」をモデルにしています。 昔は小説に出てくる鉄板ナポリタンなどの軽食も提供していたけど、今はモーニングだけの営業をしています。 私が知ってる店の中で一番、“昭和の喫茶店”というイメージがぴったりのお店です。昔からの馴染みの客がいっぱいいて、中二階もあって、典型的な名古屋の喫茶店なんです。 |
小説ではそんな老舗喫茶店を舞台に、ちょっとした日常の不思議な謎を龍くんが解決していきます。 最新作の『名古屋駅西 喫茶ユトリロ 龍くんは食べながら謎を解く』では、小倉トーストや味噌煮込みうどん、なごやんなどのグルメが話題に挙がっていますね。 それぞれのグルメを食べるシーンの、文字だけでおいしさが伝わってくるような描写がとても魅力的でした!登場するグルメは事前にリサーチなどされているのでしょうか? |
食べ物については、実際に食べに行くし、現場を歩いてみたりもしますね。 名古屋の人にとっては当たり前の味や文化が、全国の読者にきちんと伝わるように割と細かく説明をしていますね。 |
確かに描写の細やかさが、よりグルメの魅力を引き立たせているのは確かですね!実際に私も久しぶりに小倉トーストが食べたくなりました(笑)。 また、作品全体の印象はすごく温かいのに、読了後には哀愁と言いますが、少しだけ切なさや寂しさを感じたのですが…。作品における雰囲気づくりについて何か意識をされているのでしょうか? |
私の書く作品は基本的に軽いものなんです。だから、楽しく読んでもらえればいいと思うんだけど、ただ楽しいだけでは済ませたくない気持ちもあって。 ちょっとぐらいは傷はつけたいんです。読者にちょっとだけ傷をつけて、そこからほんの少しの毒を入れたい。そうすると傷がズキズキと疼くでしょう。 その傷の疼きで、私の作品に限らず、また新しい作品を求めて読み進めていってくれる。そんな流れを期待して執筆しています。 |
「あー楽しかった!」だけでは終わらせないということですね。 実際私も『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』シリーズを読んで、太田さんの書くほかの作品は、どんな内容なんだろうとすごく興味が沸きました。 |
恰好つけて言うならば、私は入口になりたいんです。 私の作品からミステリーに興味を持ってもらって、その後、卒業してもらっても全然かまわない。卒業したあとには、読み切れないほどのすごい作品が控えていますからね。 欲を言えば、「そういえば昔、太田忠司の小説読んだな」と思い返してもらえれば最高です。 |
3.作家生活31周年を迎えての想い
アイデアが自然に浮かんでくる、なんてことはない
太田さんは今年、作家デビュー31周年を迎えられて、これまで世に送り出した作品数も100以上。 率直な質問なのですが、なぜこんなにも多くの作品をつくることができたとご自身で思われていますか? |
それは、いろいろな方の力で本を出させてくれたからですよね。 読者が本を購入してくれたり、出版社や編集部から声をかけてもらったり。その結果です。 |
それだけ多くの作品を手がけられて、アイデアは枯渇しないのでしょうか? |
アイデアはとっくに切れています(笑)。 デビュー作を書いた次からは、もうすでにアイデアはないんです。 それからずっと何十、何百と絞り出しています。パソコンの前に座りこんで、「うーん」と頭を悩ませて、無理やりにしても出す。そんな感じです。 |
作家さんだから自然とどんどんアイデアがあふれ出てくる…ということはないんですね。 |
ただ、作品の核となる部分はきちんとあって。 『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』シリーズで言うと、名古屋の喫茶店について書きたいというレベルでは思いつきます。そこから登場するキャラクターや出来事などを一生懸命考えますね。 私の場合、一番最初に思いつくのはキャラクターとシチュエーションなんですね。どういう人物がどういう状況に置かれているのか、を考えてそこから膨らませていきます。 |
なるほど。そういったキャラクターやシチュエーションのほかに、ミステリー小説においては、トリックも重要な要素になるかと思います。 トリックについてはどのようにして考えていらっしゃいますか? |
正直トリックについては、江戸川乱歩の『類別トリック集成』という評論がすべてと言っても過言ではないんです。基本のトリックはおそらくそこに書かれたいずれかに当てはまっていて、既に出尽くしてるんです。 その中で新しいものをつくらなきゃいけない。その場合どうするかというと、トリック自体は新しくはないけれど、「実はこのトリックを使っていたんだ」ということを、最後までわからないように構成する。 つまり、トリックそのものではなく、小説全体で新しさや驚きを感じてもらう。最新の話題やテクノロジーと往年のトリックを融合させるイメージですね。 |
それは少し編集の要素もある作業だと感じました。 0から新しいアイデアを生み出すことはすごく難しいですが、世の中にあるものに対して魅力を発見して、これまでにない角度で発信する。そんな編集者の仕事が頭に浮かびました。 |
書きたくないものは書かず、望まれたものを書く
今まで多くの作品を手がけられてきましたが、今後取り上げたい内容やテーマはありますか? |
読者が望むものですね。 |
ご自身がつくりたいものではなく、望まれたものなんですね。 読者を第一に考えていらっしゃるということでしょうか。 |
とは言え、書きたくないものを、書いたことは一度もありません。自分が書きたいものを、出版社が出版したくなる、読者が読みたくなる、そうなるように書いています。 結局、作家は自分が書きたいものしか書けないんですよね。私は特にそうだと思います。 もともと小説なんて、僕の頭の中にある妄想でしかないものですから。せめて、それを商品にするんだったら商品として成立するものにしなきゃいけないと常々思っています。 皆さんに、私が書きたいというわがままに付き合ってもらっているわけですからね。 |
なるほど…。 乱暴な言い方ですが、「私、作家です!」と名乗りさえすれば、どんな人でも作家になることはできますよね。 でも、30年以上職業として作家を続けられていて、100以上の作品を刊行している。 太田さんはプロの作家さんの考えをお持ちだと感じました。 |
私個人の考えであって、人によって全然違うとは思いますけどね。 私の場合は、結果的にそれで長くやらせてもらっていますから。読者に楽しんでもらえればそれが一番ですね。 |
4.終わりに
インタビュー中、太田さんは読者の存在のありがたさについて、幾度もお話してくれました。SNSなどで厳しい意見がある中でも、読んでもらったという事実だけで十分ありがたいと感じるという話も。
「以前、ネットの書評で私の本のことを『暇つぶしにはちょうどいい』と言った人がいたんです。おそらく、その人は批判的な意味で言ったと思います。でも私にとって、それは賛辞。『暇をつぶしてくれるなら最高じゃん。短い人生の中で、自分の本を読むことに時間を費やしてくれるなんて最高じゃん』と思いましたね」と太田さん。
続けて、「本を出すことができるのは、読んでくれてる人がいるから。具体的な読者の顔は見えないけども、いるんだということを信じて書く。それで30年やってこれましたからね」と話してくれました。
そして、はじめは自分が好きで小説を執筆したけれど、読者からのメッセージや読者という存在に励まされ、望まれる作品をつくりたいという気持ちが強くなっていったと教えてくれました。
今回紹介した『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』シリーズも、はじまりは読者第一号である編集さんを面白がらせたいという思いから。
そんな読者に寄り添った太田さんの作品は、きっとあなたの心にも寄り添ってくれるはずです。
¥726
発行/ハルキ文庫
著者/太田 忠司
写真=太田昌弘(スタジオアッシュ)/取材協力=喫茶モーニング
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