2021.06.08 Tue
絵本作家・ひろたあきらさんが選ぶ5冊の本┃感性に任せ、自分の好きに楽しんでいい「人生を変えた絵本」
人生で特別な5冊を紹介してもらう連載企画「5冊の本」。
今回、お話を伺ったのは、吉本興業所属の芸人さんで絵本作家としても活躍するひろたあきらさん。
デビュー作である『むれ(KADOKAWA)』が、「第12回MOE絵本屋さん大賞2019」新人賞第1位に輝くなど、数々の賞を受賞し、一躍話題になりました。
現在では絵本作家としての道を歩むひろたさんですが、子どものころは読書と縁遠い生活だったそう。幼少期を回想するも、「幼少期に絵本を読んだ記憶もほとんどない」と首をかしげます。
しかし、ある絵本と出会ったことが人生のターニングポイントに。絵本の魅力にとりつかれたひろたさんは、さまざまな作品を読み深め、今では読み聞かせや絵本の制作活動に奮闘する日々を過ごしています。
そんなひろたさんに今回は、「人生を変えた絵本」と題し、5冊のお気に入りの絵本を紹介してもらいました。
自ら絵本を制作することになった経緯から、絵本を描くうえでの信条、そして2021年4月に発売した待望の2作目『いちにち(KADOKAWA)』の制作秘話まで。ひろたさんが絵本にかける想いをお届けします。
この記事のライター/水野史恵(エディマート) エディマートに所属し、編集や執筆の業務を担当。情報誌や観光ガイドブック、新聞記事などを制作している。生まれも育ちも愛知県。自分にとって特別な絵本は『すてきな三にんぐみ(偕成社/トミー・ウンゲラー)』。 |
目次
1.心奪われた自由な世界
21歳のころ、名古屋でお笑いコンビを結成し、芸人としての活動をスタートしたひろたさん。その後、コンビを解散するも2015年に単身で東京進出を果たします。しかし、上京後もコンビの結成と解散を繰り返し、2018年からはピン芸人として活動することに。
「初めてピンネタ(1人でネタを行うピン芸)をつくることになり、フリップに絵を書いたネタをやろうと考えました。少し変わった絵本のようなイメージですね。それがきっかけとなり、ネタづくりの参考のための絵本を探しに、本屋さんに足を運ぶようになりました」。
そうして絵本を読む機会が増えたひろたさんは、“絵本は大人が読んでも十分に面白い”という気づきを得たと話します。絵本の専門店にも通い、さまざま絵本にふれた中で、最も衝撃を受けた作品が『ゴムあたまポンたろう(童心社/長新太)』だったそうです。
『ゴムあたまポンたろう(童心社/長新太)』
主人公は頭がゴムで出来ている男の子、「ゴムあたまポンたろう」。山にポンとぶつかって、ボールのように空を飛ぶ、ゴムあたまポンたろうの摩訶不思議な世界一周の旅を描いています。
「本屋さんでこの本を目にしたとき、まず表紙の派手な色使いに惹かれました。そしてページをめくり、『遠くのほうから男の子が飛んできました。頭がゴムで出来ている、ゴムあたまポンたろうです。』という最初の一文で心を掴まれましたね。その後の話の展開も自由過ぎるし、『なんて絵本なんだ!?』と夢中になって読み進めたのを覚えています」。
不思議な存在感を漂わせるゴムあたまポンたろうとは、一体どんな存在なのでしょうか。
「最初に出てくる『頭がゴムで出来ている、ゴムあたまポンたろうです』という説明以降、主人公の説明はほとんどなくて、『こいつは一体誰なんだ?』と思いながら、最後まで読み進めました。結局、主人公は何者かずっと分からないというのも斬新。ずっと不思議でずっと面白かったですね」。
絵本を読み始めた当初は、あくまでネタの参考として絵本を読んでいたひろたさんですが、『ゴムあたまポンたろう』をきっかけに絵本の世界に魅了されたと言います。そして気づけば200作以上の絵本を購入!当時のアルバイト代をほとんど費やすほど、夢中になったと話してくれました。
「この本を読んで、絵本の自由さに驚きました。文も絵も説明的ではなかったり、空がピンク色だったり、良い意味でやりたい放題だなと(笑)。これだけ絵本に夢中になったのは、表現が自由という部分がお笑いと似ていると思えたからかもしれません。ぼくにとって『ゴムあたまポンたろう』は人生のターニングポイントであり、本当に大切な出会いでしたね」。
¥1,430
発行/童心社
著者/長新太
『月おとこ(評論社/トミー・ウンゲラー)』
続いて紹介してくれたのは、フランス生まれの作家であるトミー・ウンゲラーが手がけた『月おとこ(評論社/トミー・ウンゲラー)』です。
国際児童文学賞として最も栄誉ある賞の一つである、国際アンデルセン賞を受賞したトミー・ウンゲラー。彼の作品の特徴は、社会や人間に対する諷刺であり、本書にもそのエッセンスが点在。そんな世間への皮肉が見え隠れする『月おとこ』は、大人も楽しめる作品として長年愛されています。
「ぼくの通っていた小学校では、給食の時間にアニメが流れることがあったんです。それで、大人になってからこの絵本を読んだとき、『あのとき見ていたアニメの…!』と懐かしい気持ちに。そんな思い出の一冊ですね」と話すひろたさん。
絵本の楽しみ方の一つが、幼少期の記憶を重ね合わせること。ひろたさんも「月おとこが走って逃げるシーンの走り方がめちゃめちゃ変だったな、とかアニメーションで見た記憶がよみがえってくるんです」と思い出と合わせて絵本を楽しんでいるそう。
一方で、大人になった今だからこそ楽しめるブラックユーモアがあふれているのも魅力。月おとこを一目見ようと集まる狂気じみた野次馬や、悪意をはらんだ政治家たちなど、何とも不気味な人間の様子が描かれています。
また、物語のほとんどは夜を舞台に展開され、背景が黒一色で描かれる世界は何とも印象的。トミー・ウンゲラーのユーモアあふれるタッチと、鮮やかなコントラストの色使いに目を奪われます。
SFのような、ホラーのような、ファンタジーのような…。形容しがたい独特の雰囲気を持つ『月おとこ』の世界を体感してみてください。
¥1,650
発行/評論社
著者/トミー・ウンゲラー
2.シンプルなイラストとナンセンスな世界が魅力
「ぼく、ミッフィーが好きで、作者であるディックブルーナさんの大ファンなんです。とにかくシンプルを突き詰めていて、無駄なものを削って削って…という画風。」
と、憧れの作者について話すひろたさん。日本の作品においてもシンプルなイラストに惹かれることが多いそうです。
「日本にも素敵なイラストを描かれている作家さんはたくさんいますが、今回紹介したいのは、くっきりとした描線とシュールな世界観が魅力の佐々木マキさんの作品です」。
そう紹介してくれたのが、『いとしのロベルタ(絵本館/佐々木マキ)』でした。
『いとしのロベルタ(絵本館/佐々木マキ)』
飾り気のないシンプルなイラストを好むひろたさんは、自身の絵本づくりにおいて「とにかくシンプルに。なるべく少ない色数で、印象的に見せること」を心がけていると話します。そんなひろたさんにとって、佐々木マキさんの画風は参考になる部分が多いそうです。
佐々木マキさんの描くイラストは、絵柄がはっきりとして小さな子どもにもわかりやすいと評判。実際、コロナ禍になる前、ひろたさんが定期的に開催していた読み聞かせ会でも、佐々木マキさんの作品はどれも人気だったとか。
「しりとりで物語が展開する『ねこ・こども(福音館書店)』や、とことんツイていないおじさんの話『へろへろおじさん(福音館書店)』など。子どもはもちろん、お父さんお母さんも一緒になって楽しんでくれるんです。あと、デビュー作である『やっぱりおおかみ(福音館書店)』は、いわゆるお約束の展開を裏切るような話で、『こんな斬新な作品でデビューされたんだ!』と、感動しましたね」。
そんなふうに数々の作品を楽しみ、イラストだけでなく著者のナンセンスな世界の虜になったひろたさん。とりわけ一番のお気に入りの作品が『いとしのロベルタ』だと言います。
きみに気に入ってもらうために頑張ってきたのに。
わたしが何かきみを怒らせるようなことを言ったのか。
もっと気をつければよかった。
これからは、きみのやることなら何でも好きになるよ。”
(以上、いとしのロベルタより)
『いとしのロベルタ』は、愛しいロベルタを捜すおじさんの物語です。おじさんの行く先々には、足の生えた瓶やゼンマイで動く人間、沈没船に巨大なハイヒールなど、不思議な人やモノがあふれていますが、おじさんはそれらに目もくれません。第一に、ロベルタとはいったい何者なのかわかりません。しかし、おじさんは必死でロベルタを捜しまわるのでした。
ひろたさんは、『ゴムあたまポンたろう』とはまた違う角度で、本書に衝撃を受けたと話します。
「はじめは、『素敵なイラストだな~』と絵柄に魅力を感じていたのですが、ページを開いてみると独特の世界観に驚きましたね。絵本なんだけど、とても大人っぽい印象で、文章も小説のようで文学的。イラストは本文に関係ない変なものばかりが描かれているのですが、それがおじさんの不安な気持ちを表しているようにも感じられて。『こんな絵本あるんだ!』と強く印象に残りました」。
皆さんもまずは『いとしのロベルタ』を読んで、佐々木マキさんの作品にふれてみてください。
¥1,320
発行/絵本館
筆者/佐々木マキ
3.今でも記憶に残る“初めての共感”
次に紹介してくれたのは、幼少期のころに読んだ数少ない絵本の中の一冊だと話す、あのロングセラー作品でした。
『ノンタンおねしょでしょん(偕成社/キヨノサチコ)』
「自分の記憶の中で、初めてできた悩みが“おねしょ”でした。3歳くらいのときに『ノンタンおねしょでしょん(偕成社/キヨノサチコ)』を読んで、『自分のほかにも同じ悩みを持っている人がいるんだ』とうれしくなったことを今でも覚えています。共感を初めて経験したのが、この本だったかもしれません」と幼少期の思い出を話してくれたひろたさん。
ノンタンの絵本はこれまでに22冊の「ノンタンあそぼうよ」シリーズ、9冊の「赤ちゃん版ノンタン」シリーズ、ボードブック、あそび図鑑などが出版され、累計は3200万部超。2021年で45周年を迎えた人気シリーズです。そして、幼少期のひろたさんもノンタンファンの一人だったのでした。
「この本のすごいところは、おねしょという子どもにとってネガティブなイメージのものを楽しいことのように描いてあるところ。おねしょが魚の形になっていたり、アルファベットになっていたり。それが楽しかった記憶もあって、子どものころのぼくの悩みをラクにしてくれた絵本ですね」と話すひろたさん。
そこで、自身で絵本を描くときには、子どもにどんな気づきを与えたいのか、と聞くと、「売れていない若手芸人が教えることなんて何もありませんよ(笑)」と謙虚な答えが返ってきました。
「気づきを与えたいとか、学びになってほしいといった気持ちで絵本をつくることはないんです。でも、保護者の方からそういった声をいただけるのは、すごくありがたいですね。ぼく自身としては、一か所でも良いから面白いと思ってもらいたい、という気持ちで絵本をつくっています」。
続けて、「この本を読んだ幼いころの自分のように、絵本を通じて楽しい気持ちを感じてもらえるものをつくりたいですね」と話してくれました。
¥660
発行/偕成社
著者/キヨノ サチコ
4.笑顔の素晴らしさを再確認するきっかけに
最後に紹介してくれたのは、『わらうほし(学研プラス/荒井良二)』。ひろたさんの元気の源とも言える一冊だと教えてくれました。
『わらうほし(学研プラス/荒井良二)』
「数年前、とても落ち込んでいる日があって、たまたま『わらうほし』を手に取って読んでみました。そうしたら、すごく元気が出てきて…。絵本を読むだけでこんなにも勇気づけられるんだと、教えてくれた本ですね」と語るひろたさん。
『わらうほし』に出てくるのは、笑う大人に笑う子ども。動物も植物もみんな笑顔です。
ひろたさんは、「ページをめくるたび、今度は何が笑っているのだろう」とワクワクしながら読んだと話してくれました。
「絵がとにかくかわいくて、見ていると自然と笑っちゃうんですよね。人間以外の山や森、家もみんな笑顔なのですが、雨が笑っているのがとくに素敵だなと思いました。雨って、どうしてもネガティブなイメージを持ちがちですが、すごく美しく描かれていて、みんな笑っているんです。笑顔の雨を眺めているだけで、どんどんと明るい気持ちになっていきましたね」。
のちにひろたさんは、作者の荒井さんに本書をつくった経緯について直接伺ったそうです。
「荒井良二さんは、東日本大震災を受けて、生きることの喜びを描いた『あさになったのでまどをあけますよ(偕成社)』を刊行されました。その『あさになったのでまどをあけますよ』よりも読者の対象年齢を下げて、小さな子どもでも楽しめる作品としてつくられたのが『わらうほし』だったそうです」とひろたさん。
そして、「自分も含めた多くの人を、実際に救っているのがすごい」と『わらうほし』を称えます。
「主に子どもを対象とした作品と言いながらも、大人のぼくにも刺さる部分がたくさんありました。『いい夕焼けだといって笑うおとなです』という大人が登場するページがあるのですが、このページはそれまでと少し雰囲気が違うんです。まさに夕焼けを見てセンチメンタルになるような。たくさんの明るい笑顔を見たあとに、このページをじっくり読むと、胸に迫るものを感じました。ぜひ大人の皆さんにも体感してもらいたいですね」。
¥1,430
発行/学研プラス
著者/荒井良二
5.「とにかく楽しんでもらいたい」。その一心で構想を重ね、突き詰めた著作
ネタづくりの参考として絵本を読み始めたひろたさんですが、実際に絵本をつくるようになったのは、芸人として出演したトークライブがきっかけだったそうです。
「神保町花月という吉本の劇場があるのですが、ぼくが絵本好きということと神保町が本の街であることから、絵本の話だけをするトークライブを開催することになりました。そこに、お客さんとしてたまたま書店員さんがいて、『読み聞かせ会をやりませんか?』とお誘いをいただきました」と当時の出会いを振り返ります。
「せっかく読み聞かせ会をするなら、自分で絵本をつくろうと思い、手づくり絵本をつくるように。そのとき、つくった絵本が『むれ』の原型でもありました」。
そんなきっかけから誕生した著書『むれ』が6万部を超えるヒットとなり、活動が一変。新型コロナウイルスの影響で、思うようにライブに出演できないこともあり、自宅で絵本をつくる日々を過ごしているそうです。
「もちろんライブも楽しくて好きなのですが、コロナ禍でなかなか出演自体も難しく…。それならば、割り切って集中し、絵本をつくろうと決意しました」と話すひろたさん。
ステイホーム中、強い決意のもとつくられたのが、2021年4月に発売した新刊『いちにち』でした。
『いちにち(KADOKAWA)』
「『むれ』を出版して2週間後くらいに、編集担当の方から『2作目をつくりましょう』と声をかけてもらって。そこから1年半ほど、企画した案がすべてボツになり続けました(笑)」。
そう笑って話すひろたさんですが、実際は心身ともに追い込まれた状況だったそうです。
「ぼく自身もこれ以上、案を出すことに限界を感じていて、一生完成しないかもしれないと不安に思うことも。そんな中で、新型コロナウイルスが猛威を振るいだしました。自粛期間中、ずっと自宅にこもっている自分をふと『水槽の中の魚のようだ』なんて思ったのです。『そんな自分のことをそのまま絵本にしてみたら面白いかも』とつくり始めたのが『いちにち』でした」。
『いちにち』の主人公は、水槽の中で生きる魚。本を読んだり、絵を描いたり、花に水をあげたりと、ちょっと不思議ないちにちを過ごしています。魚の過ごし方は、ステイホーム中のひろたさん自身とリンクしているのだとか。
「食事をして、家にある植物に水あげて…。時間あれば絵描いたり、本を読んだりするという、ぼくの過ごし方をそのまま反映していると言っても過言ではないですね」と話します。
まるで人間のような過ごし方をする魚の1日を追っていくと、思わずハッとさせられる展開が待ち受けています。より一層本書を楽しむために、帯に書かれた「※この本は必ず最初から読んでください※」という注意書きの通り、ぜひ1ページ目からじっくり読み進めるのがおすすめです。
「『いちにち』はもちろん、どんな絵本でも捉え方は人それぞれ自由だと思っています。読む人が自分なりに楽しんで読んでもらえたらうれしい限りです」と、これから『いちにち』を読む読者へのメッセージを贈ってくれました。
ひろたさんは、絵本を役立つものではなく、楽しむものと捉え、自身の原動力としています。だからこそ、読者にも自由に楽しんでもらいたいという想いが強いのかもしれません。
子どもだけでなく、大人も自由に『いちにち』を楽しんでみてくださいね。
6.終わりに
『むれ』をきっかけに、絵本を描くことの大変さを知ったひろたさん。執筆作業をする中で、芸人として活動をしているからこその苦労もあったそうです。
「絵本制作を始める前は、芸人として舞台に立つ日々を過ごしていました。お客さんの前でネタをすると良いときも悪いときも、直接反応を感じることができるんですよね。でも、絵本は完成して発売するまでは反応がないので、制作中はかなり不安でした。『むれ』は書きこみが多く、手や腕を痛めながら徹夜で塗りの作業をすることもあり、本当に辛かったですね」と振り返ります。
しかし、大変さを乗り越えたのち感じる喜びはひとしおだったと言います。
「発売後は良い反響ばかりが届きました。自分でレビューを探してもみましたが、ありがたくなるような素敵な感想が並んでいて…。純粋にとてもうれしかったです」と笑顔で語ってくれました。
ひろたさんは、絵本の制作だけでなく、読み聞かせ会や絵本のライブイベントも積極的に開催しています。さらに、2021年4月には地元の愛知県幸田町の絵本大使にも任命されました。
そんな絵本を愛するひろたさんが選んだ5冊。もしかしたら、人生が変わるきっかけになるかもしれませんよ。
写真=藤原慶
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