2023.02.08 Wed
『てくてく歩いてく —わたし流 幸せのみつけ方—』須田亜香里さんインタビュー/ありのままに、正直に文章を書くということ
「明日どんな自分に見られたいかは、今この瞬間から選べる――」。
皆さんには、自分なりの幸せの探し方がありますか?
2018年から中日新聞で連載されてきたコラムと、特約記者としてパラリンピックを取材した記事が再構成を経て収録された書籍『てくてく歩いてく —わたし流 幸せのみつけ方—』。
この本は、著者である須田亜香里さんが家族との思い出やアイドル活動、名古屋のご当地ネタといった日常の幸せを、心温まる文章でつづっています。
昨年11月の卒業まで、アイドルグループ「SKE48」チームEのリーダーとしてチームを引っ張る傍ら、2017年にはグループ初となる自己啓発本を出版するなど執筆活動にも注力。現在はタレントとして幅広く活躍する須田さんに、書籍制作を振り返りながら、本との関わりについて、じっくりと語っていただきました。
この記事のライター/水野史恵(エディマート) エディマートではディレクターとして書籍や新聞の編集業務を担当。SKE48で好きな曲は須田亜香里さんが初選抜された「1!2!3!4! ヨロシク!」。 |
目次
「読む」ことで膨らむ想い、「書く」ことで広がる景色
読書から生まれる人との出会い
中日新聞の連載や自己啓発本の出版など、アイドル時代から文章と深く関わってきた須田さん。読書経験について尋ねると、「学生時代は文章を読むことに苦手意識があった」と意外な答えが返ってきました。
「苦手を実感したのは『課題図書』。全員が同じ本を配られて、決められた期間で感想文を書かなければいけませんよね。私は、文章を読むスピードが極端に遅かったんです。一言一句なぞるように読み込んでしまうので、みんなで一斉に読書をするというのが自分に合わないと感じていました。友達に本を借りても読むスピードが遅いと思われるのが嫌で、ほとんど読まずに返してしまうことも。文章を読むことで“私って駄目なんだ”と自信をなくしてしまうので、苦手意識があったのかもしれません」と学生生活を振り返ります。
それでも、本を読むこと自体は好きで、高校時代から「時間がどれだけかかっても自分のペースで読もう!」と伊坂幸太郎さんや東野圭吾さんのミステリー小説を誰にも公言することなく、自分だけで楽しんでいたとのこと。
そんな須田さんの心に残る一冊が、阿川佐和子さんの『聞く力(文春新書)』。
仕事として文章を書くようになってからは、多忙を極める日々のなかで読書から遠ざかりかけたものの、『聞く力』は今の仕事にも生きる、印象的な内容だったと語ります。
「阿川佐和子さんとの直接的な関わりはテレビ番組での共演でした。スタジオ内であらゆる人の言葉が飛び交うなか、私は会話のタイミングがつかめず話し出せないまま終わってしまうことが多くて…。話にうまく切り込み、次の話題へつなげる阿川さんのことをもっと知りたいと思いました。実際に本の中には話術に関するヒントが隠されていましたし、たくさんの人とのエピソードを読んでいると、まるで自分が彼らと会話している気分になれたんです。この本を読んで、阿川さんのような文章を私も書きたいと思いました。他人の話を書くことの難しさについても実際に知ることができたので、一冊の本を通して贅沢な経験ができたと感じています」と本に対する想いを明かしてくれました。
日常で読書時間を捻出するのが難しいからこそ、本を読める時間ができたり、読みたいと思える本に出合えたりすることがうれしいという須田さん。仕事の共演者が書いた本を読むときは、その人のことをもっと深く知れるような気がしてワクワクするのだとか。
一番理想的な読書は、「人気の本や新しい本に限らず、書店でパッと目に入った本、なんとなく惹かれた本を読むこと。それが一番楽しいですね」と語ります。
読むスピードが速くないからこそ、まずは手に取った本の目次から著者の考えや感性を感じ取るのだとか。「興味がわく目次を見るとワクワクするんです」と話す須田さんは、自身の書籍制作でも目次にこだわったことを教えてくれました。
執筆が時間を刻むという実感に
中日新聞で4年以上コラムの連載を続けてきた須田さん。週一回の執筆を始める前と後で、書くことに対する意識の変化はあったのか聞くと「書くことに対してというよりは、見える景色の変化が大きかった」との答えが。
「1週間に1回は何か書かなけばいけないという状況の中、テーマが浮かばなかったり、物事を素直に受け止める余裕がなかったりして悩むこともありました。けれど、書いているうちにアウトプットよりもインプットの方が大事だと気付いて、できる限りいろんなことにアンテナを張って生活するようにしたんです。意識を変えるだけで何気ない景色にも考えが浮かぶようになって、自分の中で変化があったのかもしれません」。
芸能のお仕事をしている以上、早朝の生放送もあれば、深夜にスタートして早朝に終わるラジオの仕事もあり、働く時間・場所がその日その週によって異なります。そんなふうに忙しく生活をする須田さんは、週一回の連載を「1週間経った!」と時間を刻む実感が持てるものとして前向きに捉えているようでした。
週一回の連載、異なる話題で文章を書き続けるというのは簡単なことではありません。思うように書けない時期はなかったのか、という質問に「もちろんありました」と須田さんは答えます。
「新型コロナウイルスの濃厚接触者になり、長期間自宅で過ごさなければならなかったときに、家に独りぼっちで悩みながら、誰に助けを求めるべきか分からず心を閉ざしていました。心に余裕がなくなったり、悩みを抱えたりすると執筆に力を入れられませんでしたね」。
そんなつらい時期を乗り越えた方法について尋ねると、「そのときベランダに来てくれたてんとう虫に励まされて、また書けるようになったんです」と意外な答えが。
ある日、幸運のシンボルとされるてんとう虫が、自宅のベランダにやってきたそうです。どんなふうにてんとう虫と出合い、励まされたのか。気になる方はぜひ書籍を読んでみてください。
頑張らないで、気楽に読んでほしい本
等身大の自分で表現すること
『てくてく歩いてく —わたし流 幸せのみつけ方—』の執筆にあたり須田さんが意識していることは「難しい言葉は使わないこと」と「話題が偏らないようにすること」だと言います。
「辞書で言葉の意味や類語を調べる過程は大事にしていますが、基本的に自分が知らない言葉は選ばないようにしています。話題についても、毎週同じジャンルは避けたり、いかにも新聞らしい時事要素を入れすぎないようにしたり」と須田さん。
続けて、「新聞って難しそうなイメージがありますが、すごく親切な媒体だと思います。重要な出来事は大きな字で書かれていて、パッと見て気になった部分を読むだけでも学びになりますよね。だからこそ、読者の幅を絞ることなく、老若男女問わず、たくさんの人が好きなページを選んで楽に読める話を届けたいと思って書いていますね」。
表舞台での明るいイメージに隠された悩みや考えを、少しだけ覗き見したような気持ちになれる須田さんのコラム。文章を通して自分の内面をさらけ出すことについては「連載を持った当初は恐怖感があったものの、今は文章では、ありのままに正直に書くと決めている」と真っすぐに話します。
「最初のうちは、読者やファンの方が自分の文章をどう思うか、嫌われないかを常に考えながら書いていました。ですが、自身初の書籍を出版した際、担当編集者さんに『“いつも明るい須田さん”じゃなくてもいいから、もっと素直に、等身大で書いて欲しい』と言われました。
自分の気持ちを表に出すことは好きではありませんでしたが、少しずつ『嫌われたら嫌われたでいいか!』くらいの気楽な気持ちで自分と向き合えるように。アイドル卒業を意識し始めてからは、等身大の言葉で書くことを楽しいと思えるようにもなりましたね」と書籍制作の過程と自身の気持ちの変化について振り返ってくれました。
執筆の時間や場所については、「ベタですけど、カフェで執筆するのは楽しいですね。1週間のうちに何があったか自分に問いかけるところから始めるんです。歩きながら構成を練ったり、空き時間にちょこちょこ執筆したりですね」と須田さん。加えて、自宅ではなかなか執筆モードに切り替えられないという話も。
「昔クラシックバレエを習っていて忙しくしていたので、家はご飯を食べて寝るだけの場所というのが習慣づいていました。その影響もあってか、自宅で執筆することはほとんどありません。どうしてもというときは、椅子ではなく床に座ってリラックスできない体勢で書いています。ギリギリになってから自分を焦らせて書き上げることも多いですよ」とストイックな面を覗かせてくれました。
幸せを散りばめた本づくりのこだわり
コラムのテーマは毎回自由。テーマ選びにあたっての意識や工夫を尋ねると、須田さんは「その日、頭に浮かんだことしか書けない」とひと言。
「例えば、クリスマスが近いから、絶対にクリスマスに関連したテーマで、というようなことはしません。イベントに寄せてしまうと、毎年同じようになってしまう気がするので、私はその日、自分の頭の中で一番濃い話題を書くようにしています。今日飲んだコーヒーがすごく美味しかった。久しぶりに友達と会って楽しかった。なら、これを書こう!みたいな」。
そんな須田さんならではの温かい文章でつづられたコラムがぎゅっと詰まった『てくてく歩いてく —わたし流 幸せのみつけ方—』。連載コラムを書籍にする際に追加した、3つの章の冒頭部分はとくにお気に入りなのだとか。
「章頭の書き下ろし部分を執筆したことで、過去から現在にかけての自分に寄り添えるいい機会になりました。私の語り口調がより伝わりやすいのではないかと思い、あえてコラム部分とは違う「ですます調」で書いたんです。この本がコラムを一冊にまとめただけと思っている方に、『全然違った!』と思ってもらえるようにこだわった部分ですね」と話します。
サブタイトル『わたし流 幸せのみつけ方』に基づいて、各ページに須田さんの幸せにまつわるイラストが散りばめられている点や、つらかった時期に力になってくれたという、てんとう虫のイラストが所々に隠れているのもポイントだそう。
遊び心とこだわりが詰まった書籍のデザインで、ひとつ気になったのがカバーのイラスト。表紙に写真ではなくイラストを使用した理由について聞くと、「表紙だけで書籍を判断されてしまうのは嫌でした」と須田さん。
「人の見た目・イメージの影響力って大きいですよね。笑顔の写真を使えばその笑顔がこの本のイメージになり、切ない顔の写真にしたら切ない本に見える。カバーだけで書籍の色を定めたくなくて、あえて表情のないイラストにしたんです」と自身の本に対する想いを滲ませます。
最後に、これから書籍を読む読者に向けてのメッセージをお願いすると「頭のページから読まないでください」と思わぬ言葉が。
「目次を見て気になったページでもいいし、なんとなく開いたページでも構いません。悩み事があるときや、なんだかモヤモヤするときにパッと開いた部分を読んで気分転換していただくだけで十分なんですよ」。
「最初から読まなきゃいけないなんてことはない。気楽に読んでほしい一冊です」と温かい言葉をくれました。
¥1,540
発行/中日新聞社
著者/須田亜香里
終わりに
もともとは読書に苦手意識があり、読み進められない自分に直面するたびにネガティブな気持ちになっていたという須田さん。
けれども、そんな経験がある須田さんだからこそ、気楽に本と向き合ってほしいという想いで、たくさんの読者の共感を生むコラムを届け続けてこられたのだと感じました。
他人と違っていても、それは悪いことじゃない。自分に素直に、自分のペースで。
等身大の言葉で文章を紡ぐ須田さんの『てくてく歩いてく―わたし流 幸せのみつけ方―』。きっと、たくさんの人にとって、悩める日常生活の中でほっと一息つける本になるはずです。
取材・執筆=水野史恵、有馬虹奈(エディマート)
写真=山本章貴
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