2020.12.07 Mon
料理研究家・長田絢さんが選ぶ5冊の本┃料理家として、母として「人生の思い出に残る本」
「深く共感を覚えた」「救いや助けになった」「心が落ち着き、幸せな気持ちになった」など、読書を通じて感情が揺さぶられたことはありませんか?
本にはそれぞれ、作り手の大切な想いがあり、その本をおすすめする選者にも想いがあります。このインタビュー連載では、各分野で活躍をする“本”が好きな人に、これまで出会った中でも特別な5冊を紹介してもらいます。
今回お話しを伺ったのは、“食”に関するさまざまな活動を行なう料理研究家・長田絢さん。レシピ開発や料理教室を通して食の啓蒙活動を進めるほか、株式会社JapanFoodExpertの代表として地域創生事業にも積極的にアプローチされています。
幼いころから本に囲まれていて「隣にはいつも本がありました」と話す長田さん。これまでの経験のなかでどのような本と出合い、心の支えとなってきたのでしょうか。料理家、経営者、二児の母と、いくつもの“顔”を持つ長田さんが、「人生の思い出に残る本」を選んでくれました。
この記事のライター/水野史恵(エディマート) エディマートに所属し、編集や執筆の業務を担当。東海地方を中心とした情報誌や観光ガイドブック、新聞記事などを制作している。取材先で出会ったおいしいものや美しい景色はしっかりと手帳にメモをしておき、プライベートで再訪することも多い。 |
目次
1.「調理法、組み合わせ、トレンドなど、『料理本』から学ぶことはたくさんあります」
インタビューがはじまると、長田さんは真っ先に「料理本」の話題を口にしました。「料理研究家になろうと決めてから、“食”に関する本はかなりの数を読んできました」。今でも普段の9割は料理関連の本を読んでいるそうで、レシピや食材、調理技術、キッチンアイテムなど、あらゆるジャンルの本を手に取るのだとか。
「料理本は新しいレシピ、食材の特性、フードコーディネートと、あらゆる視点で読むことができます。料理研究家として、調理技術や盛り付け、レシピのレパートリーなどの知識は、常にアップデートすることが大切だと思っています」。
『農家が教える わが家の農産加工(農山漁村文化協会)』
「例えば、『農家が教える わが家の農産加工』という本は、食品加工の手順を生産者の目線で紹介されています」と話す長田さん。本書内で紹介されている加工品は、畜肉・魚肉の燻製や干物、米の加工、搾油、ジャム、ポテトチップスなど、多種多様。全国各地の生産者に取材を行っており、今では失われつつある農家の知恵が凝縮された一冊になっています。
肉・魚パートでは『ベーコン、ソーセージは、自分で作るに限る』という題名で、新潟県の佐藤タヘさん・宮下綾子さん・佐藤キノさんによる「おいしく食べる」ための作り方を紹介。
その作り方というのは、塩漬といわれる香辛料や砂糖、調味料などを加えて一定期間漬け込む作業から始まり、腸詰め、乾燥・燻製などの工程をすべて手作業で行います。“廃用になった牛や豚を無駄にしたくない”という思いで作られた手作りのベーコンやソーセージは、「市販のものが食べられなくなるうまさ」と考案者であるタへさんは話します。
ほかにも、『燻製作りの基本技術』『コクと風味が違う、自家製菜種油』『トマトケチャップ 小池手作り農産加工所』など、加工品を手作りするハウツーを豊富に掲載。
過去には全国の生産地へと足を運び、食材への関心が高まり狩猟免許も取得している長田さん。「この本は生産地で直接聞くような話がまとまっていて、貴重な資料本でもあると思います」とおすすめしてくれました。
「昔の暮らしをさかのぼることで、たくさんの発見があります」。
長田さんの言葉の通り、普段当たり前に食べている食品が実は、漬け置きや天日乾燥、脱水など時間がかかる工程を経ていることを、本書から知ることができます。
日本では昔からハレの日に、何日も前から手間をかけて、豪華な料理を用意する風習がありました。例えば、お正月に食べる「おせち料理」。栗きんとんや黒豆、昆布巻きなどに代表される縁起物は、昔はすべて手作りでしたが、現在ではスーパーで購入して済ませる、という人も増えています。
本書で紹介されているレシピは、流行りの“時短レシピ”や“映えレシピ”ではありませんが、時間や手間がかかるからこそ、自然の恵みを大切に思う食材への愛情がより感じられるのかもしれません。
おうち時間が増えた今、本書を参考にして時間をかけて手作りの加工品を作ってみるのはいかがでしょうか?
¥1,540
発行/農山漁村文化協会
著者/農山漁村文化協会
『プロのための肉料理専門書(柴田書店)』
「料理を一部独学で学んできた私にとって、教科書のような存在の本ですね」。
本書には牛、豚、仔羊、鶏、鴨など、あらゆる肉の知識が詰め込まれています。
肉を扱う上で知っておきたいのが、本書で紹介されている「部位別」に適した調理方法。牛であれば、首・肩・肩ロース、リブロース・サーロイン、フィレ、肩バラ・バラ、ランプ・イチボ、腿、スネといった多岐にわたる部位の用途や、それぞれの旨みが引き立つ約200品の肉料理のレシピを掲載。その知識をベースに、「捌き方の図解」「調理しづらい部位の有効活用法」といった細やかなノウハウが収録されています。
掲載されているレシピの一部には、ひとつのアイデアとして取り入れてみると、料理の幅がより広がるかもしれませんよ」と長田さんは話します。 した肉または牛骨を使った「ジュードブッフ」とよばれるフレンチのソースを使うといった専門的な調理法も。「レシピを家庭用にそのまま転用するのは難しいかもしれませんが、
また、レシピ以外にも専門家によるコラムも収録されています。
例えば、「肉のプロフェッショナルによる輸入肉の食べ比べ」では、和食、フレンチ、イタリアンのシェフと農畜産物流通コンサルタントによる座談会を企画。シェフが各々の店で使用している肉を引き合いに、タスマニア、リムザン、シャロレーといった各国のブランド牛を食べ比べ。馴染みのない品種の味や、有効的な調理法をプロ目線で解説していきます。
「この知識を活用すれば、レストランでメニューを選ぶときのポイントにもなりそうですよね」。
そして、表紙のビジュアルを含め、掲載写真のクオリティの高さも見逃せません。断面やサシ、品種によって微妙に異なる色味など、多彩な肉の表情を余すところなく表現。「パラパラとページをめくっていくだけでも、レシピを考案するためのヒントが見つかりますね」と、フードスタイリストの目線でも勉強になることが多いそう。
先日、『スーパーで買える「肉」を最高においしく食べる100の方法』を出版したばかりの長田さんのように、肉を愛する方におすすめの一冊です。
¥3,080
発行/柴田書店
著者/柴田書店
2.自分らしく生きるための「マザー・テレサの言葉」が、女性経営者としての勇気に
長田さんは個人の料理研究家としての活動を続けるなかで、2009年に株式会社JapanFoodExpertを創業しています。
「経営者として自分自身の行動指針としているのがマザー・テレサの言葉。自分を見失いそうなときや迷ったときなどは、いつもその言葉を頼りにしています」。
そんな長田さんの人生のバイブルとなっているのが、マザー・テレサの言葉が記された一冊。マザー・テレサの関連書籍はこれまでにいくつも出版されてきましたが、中でもとくにお気に入りの一冊を紹介してくれました。
『それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条(早川書店/ケント・M・キース)』
本書に掲載されている逆説の10か条を提唱したのは、アメリカの行政官僚であり講演家のケント・M・キース。1968年、彼がハーバード大学在学中に、高校の生徒会のリーダーたちを激励する活動として発表した内容の一部が「逆説の10か条」としてまとめられています。
2.何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。それでもなお、良いことをしなさい。
3.成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。それでもなお、成功しなさい。
4.今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。それでもなお、良いことをしなさい。
5.正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。
6.もっとも大きな考えをもったもっとも大きな男女は、もっとも小さな心をもったもっとも小さな男女によって撃ち落とされるかもしれない。それでもなお、大きな考えをもちなさい。
7.人は弱者をひいきにはするが、勝者のあとにしかついていかない。それでもなお、弱者のために戦いなさい。
8.何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。それでもなお、築きあげなさい。
9.人が本当に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。それでもなお、人を助けなさい。
10.世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。
(以上、本書より引用)この逆説の10か条は、のちにマザー・テレサが目にして、彼女はひどく感銘を受け、「カルカッタの孤児の家」の壁にその言葉を書き留めたそうです。その後もマザー・テレサはこの言葉をたびたび引用し、長い年月をかけて口伝やインターネットなどさまざまな方法で拡散され、世界中で愛される格言になりました。
長田さんもこれらの格言を愛する人のうちの一人であり、仕事や子育てで心が疲れてしまったとき、本書を読んで救われた経験があるそうです。
「仕事だけでなく子育てで悩んだときに、泣きながら読んだこともありました。それぞれの格言を読んで、改めて自分の考えや行動を見つめなおすことで、解決の糸口が見つかったり、冷静になれたり。また、震災など自分ではどうすることができない苦しい状況になってしまったときにも、“何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。それでもなお、築きあげなさい。”という言葉を噛みしめて、自分を磨いて自分のできることをやって前を向こうと思うことができました」。
「何よりも、本書の最後に書いてある“あなたは、あなたであればいい”というすべてを肯定してくれる言葉には何度も救われました」と話してくれました。
本書では、逆説の10か条の提唱者である著者が、それぞれの言葉の神髄を丁寧に解説してくれています。
「年齢や性別問わず、誰しも共感できる一冊。自分がいかに心地よく楽しく生きるか、そのヒントが書かれている気がします」と長田さんが言うように、壁にぶつかったときに、救いの手を差し伸べてくれるような一冊になってくれるのではないでしょうか。
¥1,100
発行/早川書房
著者/ケント・M・キース
3.人生の“きっかけ”をくれた「絵本」。成長しても忘れられない心に残るエピソード
長田さんは料理研究家を志すきっかけとして、「絵本」への思い入れを話します。
「絵本に出てくる料理って、すごくおいしそうに描かれているんです。小学生の時に読んだ『こまったさんとわかったさんシリーズ』の記憶が大人になっても忘れず、料理に感心を持つようになりました」。
長田さんの母が読書家だったこともあり、幼少期は多くの絵本に囲まれて育ったそう。絵本に出てくる料理、キャラクター、建物など、子ども心に抱いたワクワクは大人になった今も残り、「思い出の絵本がありすぎて選びきれません」と目を輝かせます。自身が母になってからは子どもたちに絵本を読み聞かせ、幼少期とは別の形で思い出を積み重ねていたそうです。
『しろくまちゃんのほっとけーき(こぐま社/わかやまけん)』
誕生から40年以上経った今でも多くのファンを持つ、こぐまちゃんシリーズの絵本。『こぐまちゃんおはよう』『こぐまちゃんのうんてんしゅ』『しろくまちゃんぱんかいに』など、現在までに15作品出版されています。
本シリーズは主人公のこぐまちゃんと親友のしろくまちゃんが登場し、幼児の生活の中からテーマを設定した親しみやすいストーリーで構成されています。そんなこぐまちゃんシリーズの中でも、随一の人気を誇るのが『しろくまちゃんのほっとけーき』です。
「私も幼いころに読んでいましたし、自分が母という立場になってから息子にも読み聞かせていました。特にホットケーキを焼くシーンが印象的で、息子が何度もうれしそうにそのページを読んでいたのを覚えています」。
長田さんが話すように、ふかふかのホットケーキを焼いているシーンは多くの子どもの心を鷲掴みにしました。
印象的なのは、「ぽたあん」「どろどろ」「ぴちぴちぴち」「ぷつぷつ」という特徴的な擬音とともに、ホットケーキができ上がるまでの過程が表現されたページ。まだ生の白い生地の状態から、徐々に焼き色が付いて、最後にはおいしそうなこげ茶でふっくらとしたホットケーキが完成します。
作者であり、こぐま社の創設者であるわかやまけんさんは、こぐまちゃんシリーズの絵本を制作するときに、「10年後、20年後の子ども達が見ても、古いと感じない絵本にすること」をテーマにしていたそう。
『しろくまちゃんのほっとけーき』を例にあげると、当時当たり前に使われていた「ベーキングパウダー」「フラワー」という言葉を、あえて「ふくらしこ」「こむぎこ」としたり、登場するキャラクターのフォルムや洋服も普遍的なデザインにしたそうです。
長田さんが親子二代で読み継いだように、今もなお愛され続ける名作となっています。
¥880
発行/こぐま社
著者/わかやまけん
『パンやのくまさん(福音館書店/フィービ・ウォージントン、セルビ・ウォージントン)』
1980年代のイギリスが舞台となっている本作。『ゆうびんやのくまさん』『うえきやのくまさん』など、シリーズで展開されている人気の作品です。
主人公のくまさんは、早起きをして、ケーキやパンを焼き上げて、配達に向かいます。そのあとは店番をして、仕事が終わると、晩ごはんを食べてぐっすり眠る…。そんなくまさんの一日の様子を描いた絵本です。特に魅力的なのが、日本では見慣れないイギリスの町並みや家の様子。
「素朴なタッチでありながら、細かなところまで丁寧に描かれているんです。パンを売る移動式のバスや、海外の硬貨などは子どもにとって新鮮に映ったんじゃないかな。私もワクワクしながら一緒に読んでいました」。
パンの生地をこねる時の「どさっ どさっ どさっ!」、お客さんを呼び寄せる鐘の「がらん がらん がらん!」など、お店屋さんごっこが大好きな子どもにとって、口に出したくなるような言葉が綴られます。規則正しい生活を送るくまさんの一日を描いたシンプルな話ですが、何度でも読みたくなる愛らしさを感じさせます。
「絵本って物語やイラストはもちろん、装丁の美しさや手触りなど、大人になってから新たに発見する魅力もいっぱい。『その魅力を子どもたちは自然に感じ取っているんだろうな』と、息子が好む本を見ていて感じました」。
4.おわりに
長田さんにインタビューをお願いした際は、レシピ本や栄養学など「料理家としての仕事に関する本をセレクトされるのではないか」と想像していました。結果的に選んでいただいたのは、食の専門書から格言集、絵本までさまざま。それは、料理研究家としてだけでなく、経営者として、さらには母としての顔を持つ長田さんの人生を表すようでした。
「時間があるときに、旅先でも読書を楽しむことが幸せなんです」。長田さんの生活に本が根付いていることが、言葉の端々から伝わり、本に対する愛情を感じるインタビューとなりました。
そんな長田さんが選んだ5冊の本。皆さんもぜひご一読ください。
写真=古川寛二
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