2021.02.04 Thu
『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました』越尾圭インタビュー/“心をつかんで離さない”ミステリー小説ができるまで
YouTubeを筆頭にTwitterやInstagramなどを利用して、自分で動画を制作しネット上で公開することが当たり前の時代となって早数年。今では動画のクオリティが問われるほど、ブームは加熱する一方です。
その勢いは止まらず、子どもたちに将来の夢を聞くと“YouTuber”という答えが次々に挙がるほど。
そんな動画配信をテーマにしたミステリー小説、『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました(宝島社)』が2020年10月に刊行されました。
著者である越尾圭さんは、『クサリヘビ殺人事件-蛇のしっぽがつかめない(宝島社、以下クサリヘビ殺人事件)』が『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉に選ばれ、デビューを果たした愛知県出身の作家です。
身近な舞台設定、感情豊かなキャラクター、秀逸なトリックなど、あらゆる視点で楽しめる越尾さんのミステリー小説。親しみやすく門戸の広い言葉運びと、軽快なテンポにも定評があり、最後まで飽きることなくすっきり読み進められる点も魅力です。
そんな小説の著者である越尾さんに、作家を目指したきっかけから、ミステリー小説を書く上で心がけていること、『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました(宝島社)』執筆に込めた思いまで真摯に語っていただきました。
¥792
発行/宝島社
著者/越尾 圭
この記事のライター/水野史恵(エディマート) エディマートに所属し、編集や執筆の業務を担当。東海地方を中心とした情報誌や観光ガイドブック、新聞記事などを制作している。出身は越尾さんと同じ東浦町。読みだすと止まらないという理由から、ミステリー小説は休日にじっくり読むのが好き。『S&Mシリーズ』に代表される森博嗣作品のファンである。 |
目次
1.年齢を重ねたからこそ書けることがある。経験は決して無駄にならない
ゲームソフトの制作会社、編集プロダクション、大手インターネットサービス会社を経て作家に
『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました(宝島社)』の発売おめでとうございます! 越尾さんは第17回『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉に、著書である『クサリヘビ殺人事件』が選ばれて、2019年にデビューされたんですよね。 いつごろから小説家を目指されていたのでしょうか? |
小さいころから漫画が好きで、創作活動に興味を持っていました。 初めての執筆活動は、中学生のときの宿題の絵日記。そこに日記ではなくファンタジー小説を書いていたんですが(笑)。その小説に担任の先生がコメントをくださったんです。話がおもしろいとか、キャラクターが魅力的だとか。自分が書いた小説に対して、反応をもらえたのがうれしかったことを今でも覚えています。 それからずっと創作をしたい思いはあったのですが、作家志望とまではいかず、大学卒業後はゲーム会社に就職しました。 |
ゲーム会社に就職する際、何か決め手はあったのでしょうか? |
漠然と「何かをつくりたい」という思いはあったので、そういったことができそうな会社を選びました。入社後、サラリーマンとして働く日々を過ごしていたのですが、やっぱり何か書いてみたいなという思いがあって、リレー小説に参加しました。 |
リレー小説ですか! 正直に言うと、私にはあまり馴染みがないです…。 |
私が20代のころ、いわゆるインターネットの黎明期といわれる時代で、ネット上の交流が始まりだしたくらいだったんです。そこで流行っていたのがリレー小説でした。 |
そうだったんですね! でもなぜリレー小説が作家を目指すきっかけになったのでしょうか?やっぱり文章を書くことが面白かったとか? |
もちろんそれもありましたが、一番は自分が書いたテキストを読んで、「面白かった!」と参加者がほめてくれたことですね。 そのとき「一から小説書いてみたら?」とも言ってもらえて、勢いで小説を書き始めました。 |
なるほど!ではそれがきっかけで作家を目指された…? |
いや、それが全然書けなくて、そのままとん挫してしまいました(笑)。 |
ええ、びっくり! 越尾さんの小説を読む限りでは、全然書けなかったということが想像できないです…。 一旦は諦めた小説家の夢を、改めて意識したのはいつごろだったのでしょうか? |
それから10年くらい経ったあとでしょうか。 ふと小説の公募サイトを見ると、あの時リレー小説をほめてくれた参加者が新人賞の最終候補に残っていたんです。そしてその後、別の賞でデビューを果たしたんです! 実際に作家になった人がほめてくれたのだから、自分にもチャンスがあるかもしれない!と思ったことがきっかけで、執筆活動に前向きになりました。 |
それはすごい偶然ですね。 でも公募サイトをチェックしていたということは、心のどこかでは小説家を意識されていたのかもしれませんね。 |
おっしゃる通りかも(笑)。それからまた小説を書き始めて、初めての賞へ応募したのが30代半ばくらいのころかな。 横溝正史ミステリ大賞(現:横溝正史ミステリ&ホラー大賞)にエントリーして、初めての応募だったのにもかかわらず一次審査を通過したんです。 「これはいけるかもしれない!」と思って、本格的にミステリー小説の勉強を始めました。 |
どんなことを中心に勉強されたのか、気になった方は、作家・越尾圭さんが選ぶ5冊の本┃人生を共に歩んだ「ミステリー小説家をつくった本」にその話題を掲載していますので、ぜひご覧ください! 順調に審査を通過しつつも、実際に受賞するまでには長い時間がかかったそうですね。 |
最終候補には残るものの受賞できない年が続きました。自分が落選した年の大賞作品を読んで落ち込んだり(笑)。 やっと受賞できたのが45歳になったとき。第17回『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉に選ばれました。 |
『このミス』大賞・隠し玉に選ばれたときは、どんなお気持ちでしたか? |
驚きましたね。 |
うれしい驚きということでしょうか? |
実は受賞を諦めていたんです。だから、ただただ本当に驚きました(笑) 『このミス』大賞は、ネット上に選評がアップされるのですが、一次審査、二次審査と通過して、最終審査の選評に「隠し玉として出版したら面白いかも」といったことが掲載されていて期待していましたが、音沙汰はなく…。 すっかり諦めかけていたころ、『このミス』大賞・隠し玉を受賞の連絡が届いて、本当にびっくりでした。 仕事を作家に一本にすることができたのも、この受賞がきっかけですね。 |
毎日の積み重ねが、目指す未来への最大の近道
故郷である愛知県に戻ってきて、作家としてデビューをするまでは、会社勤務も続けられていたんですよね。 会社の仕事と執筆業の両立は、きっと大変でしたよね…。 |
平日は時間を割くことが難しかったので、土日に集中して執筆することが多かったです。 ただ、なかなか時間が取れない平日でも“1行は書く”と決めていて、毎日続けることを意識していましたね。 |
すごい!!毎日書くことを何年も継続されているなんて…尊敬です! でもその継続が力となり、受賞に結び付いたのがお話しを聞いていて伝わってきました。 ほかにも執筆のために続けていることはありますか? |
特別なことはしていないですが、海外ドラマや漫画、ゲームやアニメなど小説の題材にできそうなカルチャーは日々チェックしていますね。 作家としてデビューするまでは、ほかのミステリー作家さんの小説も勉強のために積極的に読んでいました。 |
作家さんになった今、日々の読書生活は変わりましたか? |
時間の都合もあり、読む量としては少し減ったかもしれません。とはいえインプットしないとアウトプットもできなくなってしまうので、できるだけ話題の本は読むようにしています。 あと、明確な基準はないですが、自分で読んでおいた方がいいと思う本は時間をつくって読んでいますね。 |
2.“どんな人でも楽しめる”ミステリー小説を書く極意
平易でありながら、心に残る文章をつむぐ
『クサリヘビ殺人事件』からおよそ1年後となる2020年10月に『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました(宝島社)』が発売になりました。 この作品はなんといっても動画配信者である主人公が、謎解き動画を配信することによって事件を解決していく、というテーマが印象的ですよね! |
一作目である『クサリヘビ殺人事件』の“ワシントン条約で禁止されている動物の密輸”といったテーマもインパクトがありましたが、『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました(宝島社)』の動画配信というテーマはどのように決まったのでしょうか? |
私は執筆を始めるときに、話の軸となるテーマをまず決定します。『クサリヘビ殺人事件』は、はじめに毒蛇が浮かんで、そのままだと印象に残らないだろうから絶滅危惧種のヘビにしてみよう、と連想していきました。 今回は世情を反映したものがいいなと思って、動画配信をテーマにしました。 |
テーマが動画配信ということは、若年層を読者として想定されたんでしょうか? |
明確に読者を想定することはしませんが、学生やミステリーに馴染みがない人でも面白く読んでもらえることは、常に目指していますね。 それはテーマに限らず文章も同じで、難しい言葉はなるべく使わず、平易な表現を使って読みやすくなるよう工夫しています。 |
なるほど!だから300ページ以上ある作品にもかかわらず、わかりづらさを感じることなく読み進められるんですね!わたしも一気読みしてしまいました。 ほかにも小説を書く上で意識されていることはありますか? |
一文をできるだけ短くしています。会話文が続き過ぎないようすることや、反対に地の文が続き過ぎないようになどを心がけています。 文章をわかりづらくするような修飾語は控えて、ライティングの基本に沿って書いていますね。 |
読者を混乱させるような言い回しや表現も少なく、どのような人でも楽しんで読むことができるのは、まさに越尾さんの小説の特徴だと思います。 実際に『クサリヘビ殺人事件』の巻末コメントには、リーダビリティ(読みやすさ)の高さを評するコメントも掲載されていましたよね! わかりやすい文章だからこそ、独創的なテーマやスリルを感じるシーンなどが際立っているんだと読んでいて感じました。 |
読者を作品の世界に引き込む“つかみ”が重要
『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました(宝島社)』を読んだとき、会話劇を中心に小説全体からテンポの良さを感じました。 |
一文の短さもそうですが、一番意識しているのは“冒頭から動きを入れること”です。 |
たしかに『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました(宝島社)』でも、冒頭でミーチューバーのソウスケが生放送の配信をするところから始まっていますね! |
この作品の場合は、ソウスケの手元に毒入りのプレゼントが届いている状態で配信が始まっている。つまり、小説のスタート時にはすでに事件は発生している、ということです。 こうやって読み始めのシーンから動きを入れることで、作品の世界に読者が引き込まれやすくなると思います。なので、私の作品は風景描写など“静のシーン”から始まることはあまりないですね。 |
その効果なのかテンポよく読み進められて、続きが気になってページをめくる手が止まりませんでした! あと、主人公のカイと警察官の田井中とで、捜査が二軸に分かれて動いているのが面白くて印象的でした。 |
タイトルにあるように謎解き“配信”なので、リアルタイムで捜査が進む感覚を持ってもらえるような構成にしました。 主人公のカイは警察ではなくあくまで配信者なので、謎解きの内容が当たっているのか、動画配信を見ている感覚で読者にも考えて楽しんでもらえたらうれしいですね。 |
ミステリー小説を書く上で欠かせないトリックや凶器は、どうやってアイデアを得ているのでしょうか? |
やっぱりインプットが大事ですかね。だからこそ、ドラマや漫画、ゲームやアニメなど幅広いジャンルにふれることを心がけています。 これまでの社会人経験を生かして、仕事の中で発見した題材やキーワードを使用することもありますね。 |
それは私を含めたライター業でも大切なことなので、質の高いインプットは常に心がけなければいけないですね。 越尾さんは以前編集プロダクションでの勤務経験があり、小説ではなく記事などの執筆経験もあるかと思いますが、執筆に関して小説ならではの難しさについて教えていただきたいです! |
構成の部分でいうと、クライマックスまでの流れを書くのは苦労しますね。初めと終わりは先に決まっていることが多いので、その終わりへどうつなぐのか。それを間違ってしまうと、全体が台無しになってしまうので…。 |
ミステリーの醍醐味ともいえる最後のどんでん返しや、散りばめられた伏線の回収など、終盤の展開は重要な要素といえます。 『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました(宝島社)』では、終盤で判明するある事実が重要なポイントになっていますよね。 |
作家が考えるミステリーの魅力とは
いちファンとして次回作も気になるところなのですが、そもそも作家さんの執筆のペースはどのようにして決まるのでしょうか? |
私の場合は、まずプロットと呼ばれるあらすじをつくって編集部に提出します。 そのプロットのOKをもらえた段階で、はじめて本文にとりかかることができます。 |
なんと! ではプロット出しでOKが出ないと、次回作にとりかかることができないのですね…。 |
そうですね。プロットでOKをもらったあとに本文を書き上げてからも何度も推敲をして、その都度修正していくんです。 その後、ようやく内容が固まって発売日が決まります。そして今度はブラッシュアップの作業をしていく、という流れですかね。 |
現段階では次回作の発売日は未定とのことですが、今度はどんなユニークな題材の作品が生まれるのか、楽しみにしています。 最後に、越尾さんが考えるミステリー小説の魅力を教えてください! |
ミステリーというと、殺人だったり大きな事件を想像すると思いますが、事の発端を振り返ると、日常の小さな出来事だったりしますよね。些細な出来事が大きくなっていく過程こそが面白いです。 その過程に意外性と論理性が詰まっていて、クセになって、読み返したくなる。それこそが魅力かと思います。 |
3.終わりに
越尾さんの著書への思いを紐解くと、物語の世界に読者を引き込むテクニックとどんな人でも小説を楽しむための配慮が見えてきました。
軽妙で簡潔な書きぶりによって、私たち読者は混乱することなく、ラストまで飽きずに読み進めることができます。その読みやすさには、“普段本を読まない人でも、最後まで楽しんで読める本にしたい”という越尾さんの思いが詰まっていました。
インタビュー後、『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました(宝島社)』を再読したところ、その数々の工夫を発見。
自由に自己表現ができる小説という読み物であっても、常に読み手を意識していたこと。
読者を楽しませる、驚かせる、飽きさせないための努力が感じられて、書くことを生業とする私も「読み手を常に意識しなければ…!」と実感し、学びになりました。
これから『殺人事件が起きたので謎解き配信してみました(宝島社)』を読む方は、まずは純粋に楽しんで、次に新しい視点で再読することで、違った角度でも物語を楽しむことができるのではないでしょうか。
ぜひそれぞれの楽しみ方で作品を堪能してください。
¥792
発行/宝島社
著者/越尾 圭
¥792
発行/宝島社
著者/越尾 圭
写真=山本 章貴/取材協力=東浦町中央図書館
関連記事
新着記事
人気記事
お問い合わせ
お仕事のご相談や、採用についてなど、
お気軽にお問い合わせください。