2019.09.18 Wed
海外留学で決意した”20代最後”の転職活動。アパレル店員から編集者への転身
はじめまして、クリエイティブ担当の加藤です。
エディマートに編集未経験で入社して1か月が経ちました。入社前に就いていた仕事はアパレル会社の販売職。それなりにやりがいを感じながら6年半働いてきた私ですが、2019年に人生の中でも記憶に残る決心をして退職。休職制度を利用して行った短期留学での経験が背中を押してくれました。
今回はそんな「20代最後で転職」を果たした私の決意や、きっかけについて当時の気持ちと共にお伝えしたいと思います。
目次
1.販売職を休職。マルタ共和国へ短期留学に
私の社会人経験はほぼ、「アパレル会社の販売員」が占めています。
入社前の私は特にやりたいこともなく、学生時代に接客業をしてきた経験もあったので、某外資系アパレルの販売部門に入社。大変なこともありながら6年半続けてきて、退職前には副店長の立場に就きました。ショップ運営の中心役となり、新人教育やイベント企画などを積極的に担当。そんなせっせと働く日々が過ぎた28歳の冬。ふと会社の福利厚生にあった休職制度を思い出しました。
その休職制度とは、3年以上働いている社員に限って3か月の休みを取得できるというもの。
私は迷わず”仕事の休憩”という目的で取得することに。元々、海外での生活に憧れていたこともあったので、マルタ共和国へ短期留学に行くことに決めました!(なかなか勇気がいりましたが…)
2.留学へ行こうと思ったきっかけは冒険心
生まれてから今まで地元から出たことがなく、常に自分のことを知っている友達や家族がいる環境で何不自由なく過ごしてきました。
言語や文化も違えば、自分のことを知らない人しかいない。一度でいいからそんな「海外で生活がしてみたい!」という冒険心から留学へ行くことを決意しました。
なぜマルタ共和国なのか?
マルタ共和国は、ヨーロッパに位置しイタリアの下の方にある小さな島国。島の面積は東京23区のたった半分ほどなのだとか。
マルタを選んだ理由はズバリ6つ!
- 留学先として日本では当時メジャーでなかった(日本人が少ない所へ行ってみたいという願望)
- 言語はマルタ語と共用語の英語(一番抵抗のない言語)
- 治安が良い
- 物価はヨーロッパにいながら日本の2/3!(アパートはおかげで月1万5千円でした)
- 国全体が世界遺産!昔の建物が多く街並みが美しい
- 他の国とも近く、休日を利用して旅行が楽しめる(実際にイタリアやイギリス、スペインへ行きました)
海外での生活
滞在期間中は語学学校へ通っていました。滞在先は語学学校の寮という選択肢もありましたが、学校以外でも友達を作りたいと思った私はあえてシェアハウスを滞在先に選択。ヨーロッパ系やアジア系など、さまざまな人種の方9人と生活することに。
実際にシェアハウスで生活をしている人たちは、語学留学のためではなく、仕事で来ている人がほとんど。自分とは目的が違う人たちと知り合う良い場にもなりました。
シェアハウスで過ごした日々はとても濃厚で、滞在期間の中でも最も印象に残っています。
また、ハウスのオーナーの「滞在する人たちと仲良くしてほしい」という思いから、リビングにはみんなで楽しめる卓球台やテーブル・フットボールなどが設置されていました。ゲームは国境を越えます(笑)。夜にはみんなで集まりゲームを楽しむことも多く、そこには言葉の壁はありませんでした。
留学先で出会った人たち
留学ともなると一般的に多い世代といえば大学生。
しかし、大学生に紛れた全体の1/3もの社会人の姿が(とても心強い!)。出会った人たちは、意外にも同年代や年上が多くいました。留学に来ている理由はさまざま。それでもみんな共通していたのは、”未来への明確なビジョン”をもっているということでした。
3.自分の常識が変わる留学生たちとの出会い
マイナス思考な自分の考え
留学前までの私の考えは、「20代も半ばだし新しいことにチャレンジするのには遅いかも」と失敗することを恐れて、挑戦することをあきらめることが多かったんです。
しかし、留学先で出会った人たちによって、仕事に対する考え方や自分のしたいことは何だろう?と考えさせられるように、気持ちにも変化が現れてきました。
留学先で出会った人たちの未来への明確なビジョン
留学先に来ていた人たちは誰もが今後の目標が決まっていて、そのやりたいことに対して年齢など関係なく、前向きにチャレンジする姿勢がありました。
ここでは、実際に出会った人たちの将来の目標(未来への明確なビジョン)についてお伝えします。
3級建築士として元々働いていたが、人生で海外に行ったことがなかったAさんは仕事を退職。自分の視野を広げるためヨーロッパの街並みや、海外の建築を見て、設計に生かしたいという思いから留学を決意されたそう。実際に彼女は留学期間中ヨーロッパのさまざまな国を周遊し、今では2級建築士を取得。ヨーロッパの建築を参考に日々設計をしている。
仕事に対する思いが強いAさんとは留学期間中、イタリアへ一緒に旅行へ行く機会がありました。Aさんの旅行での目的もやはり歴史的建造物を見ること。1つのことを貫くその姿はとても勉強になりました。
日本で美容師として働いていたBさんは、趣味である株を運用しながら留学。留学期間中に旅をした、リトアニアの美しい街並みに感銘を受け、リトアニアの証券会社にコンタクトを取る。その後、Bさんの熱意が会社に伝わり、直接オファーされ就職することに。
今までの職種とは全く別業種で、且ついままで生活したことのない国へためらいもなく飛び込んでいく姿勢。その思い切りの良さに尊敬と同時に、新たな世界に踏み込む勇気をもらいました。
ビールが大好きで、世界にあるビールを飲むために各国を転々と移動。自分の気に入るビールを見つけ、その工場で働くことが夢だそう。さまざまな国へ渡り、今では母国語を始めスペイン語、英語、日本語をマスター。韓国に帰国後はビールを扱うお店に就職。今後の夢は日本のビール工場で働くこと。
自分の好きなことを仕事にしたいという強い意思と同時に、母国以外で働くことを視野に入れてさまざまな言語の習得を行う並々ならぬ努力。絶対に叶えるという熱い思いに感化されました。
皆さんはこの3人のエピソードを聞いてどう思われましたか?
私は出会った人たちのチャレンジ精神や、やりたいことに正直で前向きに取り組む姿勢にただ驚き、年齢にリミットなく挑戦する人たちに大きな力をもらったような気がします。
4.帰国後、転職を決意!
私が転職を決意したのは、出会った人たちのこんな言葉がきっかけでした。
「自分の仕事に誇りをもって働いているか」
「仕事に対して楽しいと思えないなら、その仕事を続けている意味はない」
それらは、どんな大変な仕事でも「楽しい!」と思えることが一番大切だということだと思います。
仕事に不満を思うことなく今まで働いてきた私でしたが、同時に販売以外の新しいことにも挑戦という気持ちを抱いていました。留学先で出会った人たちがきっかけとなり勇気づけられ、新しいことを始める決意が固まります。
5.編集者を目指すきっかけ
留学から帰国後、いよいよ20代最後の29歳。
留学先での出来事が後押しとなり、今まで務めた会社を退職し、腰の重かった20代後半、女性編集者になるための転職活動が始まりました。
編集者を目指した理由は、前職のある経験からでした。
前職の業務で、新作商品の案内チラシを毎月作成していました(ショップ独自で考えたもの)。お客さんのもとへ発送されたチラシの反響や、情報を発信していくことに次第に楽しさを感じるように。
ここから編集の仕事に興味を持つようになったのです。
そして、販売職と編集職は意外にも共通している点がありました。
販売職と編集職の共通点
相手に興味を持つこと、知ること。
編集→取材で大切なのは事前準備。ある程度取材先のことを調べ、知ることで相手からも好感を得ることができ、より踏み込んだ内容を質問することができます。その結果、良い記事が書けるように。
販売→顧客様に対して今までの履歴を残し、把握することで好みに合わせた提案ができ、売り上げに繋がることはもちろん、信頼関係を築くきっかけにもなりました。
世に広めるものに携わるという面では販売も情報発信でも同じ。
編集→情報誌などに掲載する際に必要となるリサーチ業務。今後流行しそうなものや季節に合わせたスポットを調べるなど、常に新しい情報にアンテナを張ることが重要になります。
販売→流行のカラーや形など、シーズンで変わるトレンドにアンテナを張り、流行を踏まえたコーディネートを提案していました。
6.最後に
転職活動が終わり、晴れてエディマートの社員になった私。日々分らないこともたくさんありますが、読者が楽しめるような記事や、必要とする情報発信を目標に日々奮闘しながら頑張っていきます。
この記事を読んで、転職に限らず「新しいことに思い切ってチャレンジする」きっかけとなっていただけたら嬉しいです!
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